
* 先生の闘いの章 *
肩に傷を負ったネジと、眠ったままのテンテン、歩けるものの多少ふらつき気味のリーを連れ帰り。念の為、病院へと3人を預けた。
幸いにもネジの傷は浅く、テンテンとリーは半日もすれば元気になるという事だ。おれは、ほっと胸をなでおろした。
木ノ葉病院を出てすぐ、後ろをつけてくる、ひとつの気配に気付く。
素早く振り返ると、そいつは木の影に、こそこそ隠れやがった。バレバレじゃないか、まったく。
「見えてるぞ、髪の先が」
おれがそう言うと、ひょっこりと顔をのぞかせる。
くそう、まったく腹の立つ奴だ。
おれの永遠のライバル、はたけカカシが頭に手をやって、おれに近付いてくる。
「ネジ君って、すごいねえ。つい、俺も本気になっちゃって」
「本気が聞いてあきれるぞ。お前、何も雷切まで使うことないだろうが」
「アナタもお得意の剛力旋風で、俺の事吹っ飛ばしたじゃないですか」
「それとこれとは話が違う」
おれはカカシの胸ぐらをつかんで一発殴ってやろうと、手をのばした。
しかしその手をすりぬけて、カカシはおれの先を行く。
「計画立てたのはアナタでしょう。俺は頼まれた事をしただけだもんね」
チーム訓練という事を隠し、忍務と偽り、今は使われていない牧場で、あいつらの敵に対する対処の方法を、隠れて見守っていたのはおれだ。
カカシに、敵としてあいつらと戦ってくれと依頼したのも、おれだ。
リーやテンテンはまだまだ全ての事に甘い。疑うという事すら知らない、小さな子供だ。木ノ葉の里の暖かな雰囲気の中で育っているから、多少はしかたがないとはいえ、それでも甘すぎる。
誰が持ってきたものかわからなくても、空腹に負けて多少でも口に入れるかと思い、少量で効くよう眠り薬を混入しておいたのだが、まさか全て口にするなど。想像もしなかったことだ。
あの2人は、最初から鍛え直しだ。
そして、ネジ。ルーキーナンバーワンの実力は認める所だが、世の中にはまだまだ力を持った奴がいる。ちかごろ自分の技を誰よりも完璧なものと思い、うぬぼれのようなものを少し感じる時があるからな。荒治療だとは思ったが、カカシと戦わせたのだ。
あいつの技は完成されているが、足りないのはパワーだ。もっと強大なチャクラを練ることができるよう、基礎体力をつけさせなくては。
それにしてもネジの、チームに対する情の無さは問題だ。これもネジを鍛え直す課題のひとつだな。
それともあいつは、籠を置いたのがおれだと気付いていたのか?だから安全なものだと思い、リーやテンテンが食べるのを、止めなかったのだろうか。
気付いていたにしろ、仲間に本心を見せないのは問題だ。しかし、仲間と青春すれば、性格も変わってゆくだろう。もう少し、時間が必要だな。
「それにしても、技を外すのって大変だね」
カカシは呑気に言って、おれをふり返る。
「ネジ君の、回天…だっけ?雷切をネジ君には当てないように、でも技は破らなくちゃダメって、なかなか難しかったなあ」
おれだって、お前に言われなくても理解している。
カカシの力だからこそ、あれだけの大技で戦った割には、ネジの傷を最小にとどめることができたのだ。
けれどおれはそこまでしろと頼んだ覚えは、ない。
人を殺めかねない雷切まで出すとは。子供相手に無茶し過ぎる。
「八卦掌回天の技を出させるように追い込んだのは、お前だろう」
カカシは、とぼけた顔で返事する。
「だって、見てみたいでしょ、誰だって」
木ノ葉最強の日向の力を。ネジの力は日向の当主にはまだまだ及ばないとはいえ、体に宿る宿命の血の力が、どの程度のものなのかを、見てみたい気持ちは分かる。おれだって、ネジがどれほどの力を持っているのか、実際のところ、すべて把握している訳ではないのだから。
「かなり力は押さえたんだよ、あれでも」
「大人げない奴だな、お前」
「子供じみた計画をたてる人に、そんなこと言われたくないなあ」
子供じみた…。またまたムカつく事を言う奴だ。おれは怒り心頭で、いつ殴ってやろうかと、機会をうかがっていた。おれの大事な部下達をこんな目に合わせて。とはいえ、そもそもおれが頼んだ事だ。
この怒りの持ってゆきどころに、おれは困っていたのだった。
しばらく歩くと、飲料水を売っている店の前にさしかかった。
「何か、飲んでいくか?」
おれは親指で店を指す。
「おごり?なら飲んでもいいよ」
言いながら、カカシはもう既に、のれんをくぐっている。
ふん。しかたがないな。おれもあとをついて店内へ入った。
「じゃあね、この蛇香繚乱増進茶、ひとつ」
そ、それは、カカシ。神々しく金色の箱に納められ、この店で一番高い場所に置かれているもの。もちろん価格も、とびきり高いものだ。
「それ、三代目くらいの年令の老人が、元気を出そうとするときに飲む…。おまえ、そんなに疲れているのか、カカシ」
「元気って、どこを元気にするの?」
どこって…。困った顔のおれを可笑しそうに見るカカシは、知っていて、からかっているのだな。まったくフザけた野郎だ。
「とはいえ、俺はまだまだ若くて元気だもんね。やっぱり、これにしておこうかな」
言って、カカシは、ケースの中から牛乳をとり出した。
「お前、まだまだ子供だな」
そう言うおれにかまわず、カカシはフタを器用に取ると、うれしそうに飲みはじめた。半分ほど飲み干すと。おれに差し出す。
「お前が全部飲め」
冷たく言い放っているというのに、カカシは更に、おれの目の前に、牛乳瓶を突き出してくる。
「友情の証として、半分こ」
馬鹿野郎。
お前はおれにとってライバルだ。ライバルといえば、敵も同然だ。何が"半分こ"だ。
おれがトウガラシ入りオレンジジュース"激度5"を一気に飲み干すのをじっと見ていたカカシは、なおも、牛乳を勧めてくる。
「おれは、いらない」
口の中といい、のどの奥といいヒリヒリと熱い。食道から胃までも焼けるように熱い。"激度5"は、さすがに強すぎたな。いつもは"激度3"くらいのを飲んでいるのだが、今日は持っている怒りを押さえようと、つい、きつめのものを選んでしまった。失敗したな。
それにしても、熱い。いろんなところが、熱いな。
体中に大量の汗をかいているおれに気付かず、なおもカカシは、牛乳の瓶をおれの方へと持ってくる。
「俺の勧める牛乳が飲めないっていうの?」
「そうだぞ、ガイ」
店の外から、聞き知った声がする。
おれとカカシは、声のする方を振り返って見た。
火の文字を刻んだ笠の下から笑ったような瞳をのぞかせて、三代目がそこに立っておられた。
里の見まわりであろうか。人々の暮らしぶりや気持ちに、心を配るやさしい気遣い。三代目の、里を愛する心には常々敬服するものがある。さすがは火影の名を継ぐ男だ。おれなどまだまだ。足元にも及ばない。
三代目は、重々しく口を開いた。
「カカシがこれほど勧めているのだ。ガイ、飲んでやれ」
それに。
三代目は言葉をいったん切って腰に手をまわし、おれの顔を見て言った。
「牛乳は忍務と同じで、飲めるうちが華・失敗できるうちが華だと、どこかの誰か偉い男が言っておったそうじゃ」
おれは手に持っていた"激度5"の缶を取り落としそうになった。手に汗が、じわりとにじんでくる。
リーに話した事を、なぜ知っておられるのだ。あの時他に誰もいないと思ったが、偵察部隊でもいたのか。
「のう、ガイ。なかなかウンチクのある言葉じゃ」
「は…はあ」
三代目は、冗談とも本気とも判別できない口調だ。
おれは内心、心臓が口から飛び出すのではないかと思いながら、三代目の表情をうかがった。
しかし、三代目はそんなおれに気付かぬふりを装っておられるのか、何気ない風でケースから牛乳を1本取り出し、おれの目の前へぶら下げた。
「これも、飲め」
はあっ?
どうしてそういう事になるのです、三代目。
おれは、やっと気がついた。やはり牛乳と忍務を同列にして話をしたおれに、三代目は怒っておられるのだ。きっと、そうに違いない。
「いや、三代目、その事は…」
「その事とは、どの事だ」
三代目はごていねいに牛乳のフタを取り、おれに差し出す。
「さあ、飲め」
「いや、おれは、その」
「まさか、お前牛乳が嫌いという訳ではあるまいな」
カカシはといえばイスに腰かけて、ストローを使ってイチゴ味の牛乳なんぞ飲みながら、こっちを見ている。
「日頃お前は、好き嫌いがないと豪語していたな」
「それはそうですが…」
「じゃあ、飲め、それとも何か、ガイ。お前は、三代目火影のこのワシが勧める牛乳が、飲めないとでも言うのか」
なんだか、イジメにあっている心境だ。
よし。おれも男だ。三代目の勧めるものを断る道理はない。言われた通りにするまでだ。
おれは三代目から牛乳瓶を受け取ると、一気にあおった。すぐに飲み干し、口元についた牛乳を手の甲でぐいとふき取る。
気付くと、カカシが自分の牛乳瓶を持っておれの横に立っているではないか。
ええぇえい。1本も2本も同じだぁあ。
おれはカカシから瓶をもぎ取って、これも一気飲みした。
三代目はおれの激度5やカカシのイチゴ牛乳の分まで支払ってくれて、店を出ていかれた。
おれは、ほっと息を吐く。
…と間もなく、それは襲ってきた。おれは腹に手を当てた。
腹が、ゴロゴロ言っている。
子供の頃は牛乳を飲んでもどこもなんともなかったおれだが、ある年令を超えた時、なぜだか腹が鳴るようになってしまった。
子供のうちは腹が鳴る原因の物質を分解する酵素を、誰もが持っているのだが、大人になると、その酵素が自然消滅するものもいるという事を、どこかで聞いた事がある。
つまりは、牛乳を飲んで腹が鳴るおれは大人で、全然平気そうなカカシはまだまだ子供だという事なのだ。これはとても重要なポイントだ。
それにしても、いつもは音が鳴るだけで不快さを我慢すれば治まるというのに、今日はなぜだか痛みも感じる。
原因は牛乳と一緒に飲んだ"激度5"のせいか。やはり刺激が強すぎたか。
アブラ汗をかいて立ちすくんでいるおれの様子に異変を感じたのか、カカシはおれの顔を覗き込んで言った。言ったセリフが、これまた腹立たしい。
「悪い事は出来ないねえ」
悪い事とは何だ。あいつらを騙した事か。それとも、牛乳と忍務を同列に置いた事か。
どちらも、おれは後悔していない。
後悔するとすれば、三代目に おれは大人なので牛乳は飲みません とハッキリ言わなかった事くらいか。
くそう。なんのこれしき。
おれは精神力を総動員し、腹の痛みと戦っていた。
その頃三代目は、さきほどの店で買い求めた牛乳にストローを差して飲みながら、里の中を歩いていた。
彼の年令では、そろそろ骨粗鬆症の予防のためにも、カルシウムを取っておかねばならない。
一日2本。三代目は自分に課したノルマを果たす為に、片方の指先で鼻をつまみながら牛乳を飲んでいたのだった。

雷切やらダイナミックエントリーやら、
高度な技がバンバン出てきますが。
あっという間に破壊に至る技を、
とても安易に使う話です。怖い怖い。
これは「ガイ先生モノ」2番目です。
マンガを横に置いて「そうか、そんな技があるのか」と
自分なりに、忠実に(!)書いていたものです。
恐ろしい。そんなに簡単に使わないはずだけどな、と今になって思うけれど。
まあ、過去の過ちということで。(あとがきのみ・2005.4)

 |