深ければ深いほど。

 こうしてカカシと並び立つのは、ずいぶん久しぶりのことだとガイは思う。カカシの、昔の面影をうかがわせる10代最後の、そのまなざしを目にし、そのことが逆にガイの心を不安にさせる。
 またいつの日か今回のように、生死の境目を渡り合うようなことを平気でやってのけるのではないか。自己の能力を信じているとはいえ、あまりにも無謀な方法ばかりを選ぶカカシの気持ちを、ガイは理解できないと思う。
 カカシの背後でガイは、今にも泣き出しそうな自分を感じていた。
 カカシの行動は、身が、そして命がいくつあっても足りないほど無謀だ。
 だから今、言っておかなくては。
 心の中にわだかまる何かに押されるように、奥底で潜んでいる想いをガイは口に出した。
「お前がもし、跡形も無くこの世から消え失せた時でも」
 あえてその感情を隠そうとせず、強く言い放つ。
「おれは、泣かないからな」
 そう言うことによって、カカシの足枷の一つになることは出来ないかと考えた。
 けれど言ううちに、ガイの両目からはみるみるうちに涙が溢れてきた。雫となって頬を伝ってゆく。
「泣くと、心置きなくおまえを送り出せない。それに、おれはそれほど弱くはないのだ…」
 声が、震えた。
 したくない想像を、してしまった。ガイは自分の言葉を、後悔する。
 誰が先などということは、今は分からないはずなのに。けれど口に出すことで、それはもうすでに決まっていることのような気さえしてくる。そう思ってしまう自分に、ガイは腹が立った。
 手離さないようにしようと体を包んでくるガイの腕に手を添えて、カカシはガイに体をあずける。
 声と共に、ガイの体が震えているのをカカシは感じていた。
 耳もとで、消え入るようなガイの声がする。
「絶対、泣かないぞ。誓ってもいい」
「嘘。今だって、泣いてるでしょう」
 涙は頬を伝って腕に落ち、服に染みが出来ていた。
「うれしい時は泣いても、かまわんのだ」
 カカシの体の温もりを感じ、生きている証がここにあると、ガイは思う。
 慈しむように、カカシを抱く腕に力を込める。
「お前はここで生きている。お前の体は暖かい」
 カカシは黙って身じろぎもせず、ガイの体温をその体に纏っていた。
 追いかけて追いかけてようやく得られたカカシという人間を手離さなくてはいけないということを、ガイは考えたくなかった。それも、死という名の断絶によって。

「けれど必ず、その時は来るよ、ガイ」
 カカシはガイの鼓動を感じる。カカシの言葉に反応してか、脈打つ速度が速くなる。
「さっき、ガイは泣かないと言ったけれど」
 そこで一旦言葉を切った。
 手を伸ばせば届くような、満天の星空。カカシは目を細めて見上げ。深く息を吐く。
「その時の姿が、見えるよ。ガイは、泣けなくて、ただ立ち尽くしているだけだ」
 自然とガイの声が強張った。
「言うな」
 ガイは顔を、今まで以上に歪ませる。言葉にならない動揺を感じ、唇を動かすことでかろうじて意志を伝えようと試みる。上手く言葉にならず、もどかしい。しばらくして、やっと声を絞り出した。
「…それ以上言ってくれるな、カカシ」
 カカシはガイに向き直ると、その黒髪に手を伸ばした。
「ガイは、泣けない」
「言うな」
 だからあまり無茶なことはするなと、ガイは言いたかった。けれど、カカシにはカカシの考えがある。それを止める権利は誰にもない。
 ならば、今のこの時を失いたくはないという気持ちをどう表せばいいのか。ガイは上手く言葉にできなくて、黙ったまま、その頭をカカシの肩へと落とした。そして溢れ出る涙を止められずに、更に声を上げ、激しく泣き始めた。
 カカシは一瞬困ったような様子を見せた。すぐに弁解するような口調で、小さく言った。
「…悲しみが深い程、人は泣けないんだよ」
 悲しいと思えるのは、ものごとを受け入れているからだ。受け入れて認めて、そして判断して、悲しいと思える。だから涙が出る。けれど、認めたくなくて受け入れることすら出来ていないと、涙は出ない。感情が伴わないからだ。
 悲しいということすら、分からない。
 ほんとうに悲しいとは、そういうことではないのかと、カカシは思う。
「泣けない。簡単には、泣けないよ」
 ガイの頭に手を回し、カカシは自分に言い聞かせる様に呟いた。声が上擦っている。
「もし俺の目の前でガイにその時がたら。俺は、泣けない」
 その言葉を聞いて。周りを気にすること無しに、あらん限りの声で更に泣くガイの頭を両手で包むように抱き。
 カカシは一筋の涙を流す。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだから、ガイ」
 自分にも言い聞かせるように、カカシは強く言った。
 これまで、何かが自分を追い立ててきた。急げ急げと声がした。
 何者かは分からぬその声に押されるように従い、ずいぶん無理をしてきた。
 けれど。
 自分の行いによって、こんなにも心を痛める者がいる。心配をかけている。
 耳元で泣いている友の声を記憶へしっかりと刻みつけながら。
 カカシは目を閉じる。そして、大事な仲間との再会のよろこびに対し、共に生きようとする自分を知った。
 自分を想い、こうして心を通わせようと必死な仲間の、優しさを感じ。
 失いたくない想いの強さを、あらためて確信し。
 生きている命のよろこびの涙を、流した。

(終)


「共鳴の呪縛」という話の最後に使おうと思い、書いていた部分です。
…が、話自体を全て書きなおすことにし、ラストだけでも残そうと、悪あがきです。
まさに王道!って感じの話です。いいなあ、こういうの。(自己満足全開)

これで絆がまた、強くなったということが書きたかったんですが。

泣くとか泣かないとか、泣けないとか。泣けるのはある意味、幸せなんだと思います。
キリトリの短い話はどうかと思ったけれど
ワンシーンだけの話も、端的でいいかも。