ひんやりと熱い夏の日

 きなり・キイロ・オレンジ・抹茶・ピンク・コゲチャ・黄緑。薄ムラサキと、薄茶色。ずらりと並ぶ、まるで絵の具のパレットのような木ノ葉特製アイスクリームのいろんな彩り。
 初夏まっさかりの暑い季節。甘さだけではなく、涼しさ・冷たさを売るアイスクリーム店は、連日大賑わいを見せている。
 店内の中央にしつらえられた、ガラス製の大きなショーケース。その中で、どのアイスクリームもおいしさを最大限に引き出す最適な温度に冷やされて、それぞれが固有の名前を呼ばれるのを待っていた。
 一日中、年齢・性別入り混じった人々で賑わう店内へと、飛び込んできた者達がいた。

 店へと入る早々、小躍りする様子でショーケースへとその身を寄せたガイに、遅れじと付き従うリーと。後に続くテンテンと。3人は肩を並べて、ショーケースを覗き込んでいる。最後に店へと入って来たネジは、メニューを見るまでも無く素早く決めて、一番最初にオーダーしている。
「俺は、メロンクリームソーダ」
 ショーケースに貼り付くようにして、アイスを食い入るように眺めていたガイは、その声を耳にして、おお、と我に返り、ネジを見る。ガイはネジの決断の早さに、今更ながらに感心し、頷いた。
「即決するのは、いい事だ。潔いな」
 店員のお姉さんからネジの手へと渡された濃い緑色のソーダ水には、ドーム型のバニラアイスが載っていて、泡がプクプクと絶え間無く立ち昇っている。
「色がいいな!ネジ」
 ネジの手元の目にも鮮やかな緑色の、いかにも涼しげな緑のソーダの色に、ガイはしばし見とれている。
「ソーダフロートも、よいな」
 ふむ、とガイは思案する。ショーケースの中のアイスばかりに目を奪われていたけれど。そうか、他のメニューもあったのだ、と今更ながらその事に気付く。
 ひとり、先に奥の長椅子へと腰を下ろしたネジは、けれどストローに口を付ける事をせずに、皆が来るのを待っていた。カップを横へと置くと、軽く息を吐き目を閉じる。
 ガイの真横では、ケースの中をキョロキョロと見回す事に熱心なテンテンがいた。
「どうした?テンテン?」
 ガイはテンテンの視線の先を見た。そして動く後を目で追った。あっちを見たかと思ったら、即座にこっちへ逆戻り。まことに忙しい動きをする。商品名の横に書かれてあるカロリー数を、比較し検討しているようだ。
「だって先生、少しでも低カロリーなものを食べたいじゃない?」
 ちいさな乙女心は、太るのを気にしているようなのだ。ふむ、とガイはテンテンの顔を見下ろした。もう、そんなことを気にする年頃なのか。確か去年は、我先にと、食べたいものを注文していたのに。
 迷って迷って指折り数えて。
「先生、あたし、食べるの、やめる」
 テンテンは、すい、とショーケースから身を離した。けれどそう言っても未練はあるようすで、視線はショーケースの中を見たままだ。ガイはそんなテンテンに、
「中途半端にするから又、食べたくなるのだ。コッテリ甘いものを満足がいくまで食ったなら、無駄食いすることはないぞ、テンテン!」
 そう言って、大口を開けて笑った。
 そうかしら、と半信半疑ながら、それでもやはり、甘いものの誘惑には勝てない年頃のテンテンだ。中途半端はいけないのねと、甘そうなものから選んで注文しはじめる。
 手にしっかりと握られた大きなワッフルのコーン。その中へ、はみ出しそうに盛られたアイスクリームは、三色がどっしりと重なっていた。ご機嫌でネジの隣へ歩いてゆくテンテンを横目で見ながら、ガイは、心が揺れる。ふむ。あれも旨そうだ。

「先生、何にしますか?」
 リーはガイ同様、どれにしようか決めかねている。ガイを見上げ困った表情をした。
「どれも、美味しそうです」
「自由に選べばよいぞ、リー」
「でも、ガイ先生は?」
「おれか?おれは…」
 問われてガイは、口篭もってしまった。リーにはそう言ったものの、自由に選ぶという事は、思うほど自由ではないのかもしれない、とガイは思う。選ぶ選択範囲が多ければ多いほど、あれこれと迷い、結局その゛自由゛という事にとらわれて、思考を縛られてしまうのだ。
 どれか一つを自由に選べるという事は、どれか一つしか選ぶ事が出来ないという事だ。
 はたしてこれを、自由と呼んでいいのか。自由とは、制約がないことを言うのではないのか。
 ガイが押し黙っているのを見て、そうだ、ガイ先生は、僕たちが先に注文したのを見届けた後に、自分のものを注文しようと思っているんだ、とリーは解釈した。
 それなら早く決めなくては。
 リーは候補に上げていたもののうち、一番価格の安いものにしようと決めた。いくら自分で払うと言っても、先生はいつも受け取らないのだ。ならばなるべく先生の負担にならないようにしなくては。店員のお姉さんに向けて、リーはハキハキと声を出す。
「チョコとバナナのミックスソフトクリームをひとつ、お願いします」
 お姉さんから渡された渦を巻くソフトクリームを、礼儀正しく丁寧に会釈して受け取ったリーは。塔の様にそびえたつ渦巻きの載ったシュガーコーンを、両手で包むように抱え持つ。
 キイロとチャイロの混じる渦は、早く食べないと溶けてゆき、塔の形を崩してしまいそうだった。
 リーの手の中のそれを目にし、舌先にソフトクリームの冷たさと甘さを感じてしまったガイは、唇を尖らせた。ふむ、あれも、旨そうだ。
 リーの指に、クリームが少し溶けて垂れてきた。それを舌でぺろりと舐め取りながら、リーはテンテンの隣へと座った。
 旨そうだな、どれも。
 ネジはクリームソーダ。テンテンは三段重ねのアイスクリーム。リーはミックスソフトクリーム。さて、おれはどれにするかな。
 色とりどりの冷たい誘惑は、どれもこれも美味しそうで、どれもこれも、今食べておかないと後で後悔しそうで。ガイを誘って止まないのだ。
 どれにしよう。どれも食べたいのだけれど。
 上忍たちと来る時には、いっぺんに3個でも4個でも、お腹の許す限りは食べてしまうのが常なのだ。だが、しかし。
 今日は子供たちと一緒なのだ。しかも、修行時間内に寄り道している。
 1個で、ガマンしなくては。自分だけいつものように注文する訳にはいかない。
 ガイは自分に言い聞かせる。いいかガイ、1個だぞ。心して、選べ。選択を、間違えるなよ。後戻りは出来ぬ。
 たかがアイスクリーム1個の注文とはいえ、1個しか注文できないという制約で焦るのか、心がなかなか決まらない。ショーケースの中を良く見れば、今年初めて入荷した味のモノもあるではないか。どんな、舌触りなのだろう。どんな風に、口の中でとろけるのだろう。ああ、今すぐに味わってみたいものだ。
 新しい味も、今までの定番ものも、見るもの全てが魅惑的で旨そうで。とても1個の枠には納まりそうにない。ああ、どれにしよう。目の前のものを全部、口にしてみたい欲求に駆られるのだ。だが、しかし。
 いつまでも迷ってはいられない。子供たちも待っている。と振り返ってみれば、溶けたクリームで手をベトベトにして、先生早く、と目で訴えているリーがいる。こっそりと、すでに食べ始めたテンテンがいる。アイスの表面が溶け落ち、透明なソーダ水を濁らせてしまったソーダフロートのカップが汗をかくそのさまにも、全く動じないネジがいる。
 子供たちを、あまり待たせても、いかん。それに、アイスを選ぶ事くらいでこれ程までに迷う姿を見せるなど、指導者としてあまりよろしくない。
 ああ、だが、しかし。急き立てられたら、ますますどれにしたら良いのか、躊躇してしまう。
 どれもこれも、甲乙付けがたく、捨てがたい魅力を放ってガイの目を射る。
 ガイは唇を噛みしめた。どうすればよいのだ。そろそろ決めなくては。
 そうだ。ガイは、あっ、と思い出した。
 こんな事態がやって来た時には、こうしようと決めていたのをつい、うっかり忘れていた。この場所へと来ていろんなモノを見て、自由に選べるという中で、反対に自由に選べなくなっていた。迷いが生じてしまった。迷うことなど、なかったのだ。
 困った時には、シンプル イズ ベストなのだ。基本第一。基本。
 そう、アイスの基本といえば。ガイは深呼吸をする。
 両手を腰に当て、ほんの少しだけ体を反り返らせて。おほんと咳払いを一つする。そして。
「男は黙ってバニラアイス!」大きな声で注文した。
 言ってしまって、あっ!と口を押さえた。
 バニラアイスとだけ言えばいいものを、余計な事まで言ってしまった。早く言わねばとの焦りが、つい、口を滑らせたのだ。
 店員のお姉さんは、下を向き、くすくす笑いが止まらない。これまたまことに恥ずかしい。顔を真っ赤にしながら大汗をかき、丸く盛られたバニラのアイスが載ったコーンを手に、ガイは、3人が座る長椅子へとやって来た。4人仲良く並んで座る。
 炭酸が抜けかかって、ただ甘いだけの緑色したソーダ水を、ストローで少しずつ吸っている、ネジ。鼻の頭に一段目のピンクのクリームが付いているのも気付かないままで、嬉しそうに二段目を口にする、テンテン。早く食べないと、両手がクリームだらけになりそうなリーは、大慌てで舌を出すとペロペロとクリームを舐め取った。
 それぞれが思い思いに喉を潤し、汗を冷やしているのだった。
 ガイは、いつもの癖で速攻で食べ終わってしまい、3人が嬉しそうに食べているのを見ている。ゆっくり食べろと言いながら、そうだ、一つしか選べない自由なら、一つづつ選んでいけばいいのだ。時間がかかっても、選びたいもの一つ一つを、選んでいけばいいのだ。だから明日は、今日とは違うものを頼もう。そう思った。確認する様子で何度も頷く。
 そんなわけで、明日もここへ来るつもりの、ガイだった。

 次の日。蒸し暑さが急上昇で、アイスクリームやさんは朝から混み合っていた。そこにはまた、ガイを含む班員・合計4名の姿があった。
 この店は、朝練のランニングコースから外れているはずなのに、何故かガイの足は皆をここへと導いた。
 ガイの後を走るネジは、不審そうな顔つきで、けれど何も言わずに付き従った。テンテンはリーの横に来てヒソヒソ声で、「ねえねえ、これって、あのお店へ行っちゃうよね」と、期待を込めた目で言った。
 果たして、テンテンの期待を裏切らず、ランニングもそこそこに、ガイ班の面々は今、ひんやり冷たいショーケースの前に、とろけるような笑顔で立っている。

 格好悪かった昨日のリベンジが早くしたくて、ランニングのコースを変えてまで、ガイはここへと寄ったのだ。
 昨日の過ちは、2度と繰り返さないと誓う、ガイなのだった。店へ来て、冷静な心で迷いなく注文したいのだ。だから今日頼むものは、夕べから悩んで悩んで悩みぬいて、果てには夢にまで見た結果、決断したものだ。それは。
 リーが昨日食べていた、チョコとバナナのミックスソフトクリーム。
 溶けてリーの手に付いていた、あの、とろけ具合がたまらなく、美味しそうに見えた。夢にも、あの渦巻きが出てきたのだ。蟻地獄よろしく、キイロとチャイロの渦巻きの中へと自分の体が落ちてゆくさまは、まるで体中がとろけてソフトクリームと一体化したしたようで、かなりの心地よさを感じた。目覚めも、たいへんに爽やかだった。
 これで決まりだ。うむ、もう、迷わないぞ。
 今日のガイは、あれこれと揺れていた昨日とは違い、余裕すら見せている。自分で言うのもなんだが、とても大人だった。
 ネジは昨日と同じもの、テンテンは今日も三段重ねだ。リーはガイを真似てバニラアイスを頼んでいる。
 3人を待たせてしまわないよう急いでガイは、いつもと同様に、大きな声で注文する。店員のお姉さんには、驚きと共に多少笑われはしたものの、無事、注文出来たのだった。ホッと胸を撫で下ろしながら、渦巻くキイロとチャイロのソフトクリームを手にして、3人の横へと並んで腰をかけ、一心不乱に食べていると。
 見知った顔が店内へと入ってきた。はたけカカシだ。
 来た途端、口元に手をやってどれにしようかと迷い、ケースの前を行ったり来たりし始める。
 その姿を目にして、まるで昨日のおれではないか、とガイは思う。
 アイス一つ、すぐに決められないなどと。いい歳をした大人が、まことに恥ずかしい事だ。おれも昨日は、あんな風に迷っていたのだな。
 カカシ、おれはお前のことを笑わないぞ。こんなに旨そうな中でどれか一つを選べだなんて、無理に決まっているのだ。そうだよな、悩むよな、カカシ。おれは良く分かるぞ、お前の心が。
 そんなガイの気持ちを、というよりも、ガイがそこにいる事すら気付かない様子で、相変わらずカカシは店内をウロウロし続けていたのだが。
 迷っていたカカシは、ようやく注文し終えたようだ。バケツくらいの大きさの、顔を隠してしまうほどの大きさの入れ物を店員のお姉さんから受け取っている。重そうに持ち、向かいのイスへと腰掛けた。抱え込むように持ったその入れ物にスプーンを突き立て、表情を変えずに食べ始めた。
 カカシは連れが誰もいないようだ。椅子の端に一人、浅く腰掛けている。
 むむむ。とても旨そうだ。ミックスのソフトクリームが溶ける前に、すばやく食べ終え、カカシの手元を見ているガイだった。それでなくても、人の食べているのもは美味しそうに見えるものだ。それがあのように尋常でない量ならば尚更、目を引く。
 だが。ガイは疑わしく思う。
 あいつは甘いものが苦手なはずなのに。今までも、いくら誘っても断られていたのに。
 何故、しかも一人でここへ来ているのだ。そんなに沢山のものを、お前一人で食べきれるのか、カカシ。
 バケツ程の大きさの入れ物に入ったアイスクリームの数々。ショーケースの中の種類全てが入っているのではないかと思わせるその量に、ガイは目を見張る。その沢山のアイスの上にこれまた多量のチョコレートソースがかけられていて、まわりにはバナナと刻まれたナッツが飾られていた。
 このような大きさのものは、初めて見るぞ。一つに決められない昨日のおれならば、心を奪われそうな大きさと量だ。
 この一つの中に全てが入っているのだ。これでも一つには違いない。たった一つを選べずに迷うのならば、こうやって、そこにある全てを一つにして、それを手にしてしまえばいい。そんな、貪欲ともいえる選び方をカカシに示されたようで、ガイは唸った。
 それにしても。こんなメニューがあったのか。それとも特別注文か。
 ガイはあんぐりと口を開け、カカシの手元を凝視する。
 ガイの視線に気付いたのか、カカシはくるりと背を向けた。
 何故、隠す。見られて困るものでもなかろう。こそこそする、その根性が気に食わん。膝の上にこぼれたコーンのクズを手で払うと、ガイは立ち上がり、カカシへと歩み寄った。
 カカシが抱える大きなバケツの中味は、ひとさじすくったような跡が残る空間が小さくあるだけだった。依然盛り上がったままのアイスクリームの頂上に、アイス山・登頂記念とでもいうかのように、スプーンが垂直に突き立てられている。
「カカシ、それ…」
 ガイの声にかぶさるように、店員のお姉さんの声がする。カカシの名前を呼んでいる。
 カカシは立ちあがり、無言でその大きなバケツをガイへと押し付けた。
「甘すぎて、やっぱり、ダメ」
「お、おい、カカシ」
 渡された大きなバケツは、ガイの両手を瞬時に凍らせた。
 何と冷たいのだ、これは。しかも、とても重いぞ。想像していたものよりもかなり重くて、ガイは取り落としそうになった。しっかりつかもうとして胸へと抱えた。バケツから伝わるアイスの冷気は即座に体中へと伝わる。当った部分が痛くなるくらい、それは冷たかった。
 そんなガイにお構いなく、店員のお姉さんから四角の箱を受け取ると。
「…じゃあ、ごゆっくり」
 機嫌良くガイ班の面々へと微笑し、カカシは店を出てゆく。
 何なのだ、と呆気に取られながらガイは、3人のいる席へと戻った。ガイの手元にテンテンの目が輝いた。リーは大急ぎで自分のバニラアイスを食べようとする。ネジは空になったコップをダストボックスへと入れ、口元を歪ませた。
 スプーンを3つ下さいと、テンテンが店員に声をかけている。 
 アイスクリームの頂上に突き立ったままで凍ってしまっているスプーンを、必死で抜こうとしていたガイに、ネジは言った。
「――― 先生、大丈夫なのか?」
「何がだ?腹の事か。これくらいの量では、おれは平気なのだが。ネジ、お前は、腹具合が悪いのか?」
 真面目な顔をして心配そうに見上げてくるガイの、その顔が可笑しくて、ネジは少し笑った。
「そうではない。持ち合わせだ。先生の財布の中身の事だ。足りるかと、聞いている」 
「どうしてだ?これは、カカシの…」
 おごりではないか、と呟くガイに、ネジはカップの横へと張り付いている、というべきか、隠すようにわざと見えにくい位置に貼り付けてある、1枚の紙を指差した。オーダーの用紙だ。
 この店は注文する度に、商品と共に手にしたものの名を記した紙が渡される。
 店を出る時に、その用紙を見せて支払いをするシステムだった。
 これはおごりではないのか。この紙がここにあるという事は、この商品の支払いは今だ済んでいないという事になる。
 ガイはオーダーの紙をまじまじと見た。
「…んむ?」
 オーダー票にはバケツサイズのものとは別に、もう1行、文字が記されているではないか。
「…ハッピーバースデイ サ・ス・ケ ネーム入り特大アイスケーキ…」
 そういえば先程、カカシは箱を受け取っていたな。あれは、ケーキの形をしたアイスクリームが入っていたのか?
 ガイは首をひねった。
「これは一体、どういうことだ」
「そういえば、今日はサスケ君の誕生日だわ」
 テンテンが、バケツの中からチョコソースまみれのチョコミントアイスクリームをすくい取って口へと運びながら、思い出したように言った。同様に、アイスの山へとスプーンを突き立てて、すくって食べているリーは、それを聞いて感心する。
「詳しいんですね、テンテンは」
 アカデミーにいた頃から、サスケはその風貌と出来の良さから校内では目立つ存在だった。テンテンの目に、サスケは可愛い年下の男の子として映っていた。どんな性格をしているのか少しでも手がかりが欲しくて、占い好きなテンテンは誕生日をコッソリと調べて記憶していたのだ。
 サスケ君が誕生日なのは、たいへんめでたい事だ。しかし、この大きなアイスクリームの代金は、一体、誰が支払うのだ?おれ、なのか?ガイは考える。けれど、カカシがいない以上、そして支払いがまだであるなら、誰かが代金を払わねばならない。それは、おれが、払うのか?
「――でもサスケ君も、甘いものが嫌い、だったはずなんだけど」
「同じチームに甘いもの好きな人がいるんじゃないですか?」
 サクラさんとか。名を呼ぶその前に、リーは顔を赤くする。
 その様子にさほど興味もなさげに横目で見、ネジは席を立ちながら再度訊ねた。
「先生、足りるのか?」
「んん?」
 一番下に記された金額は、オヤツ時に支払う金額としては、飛び抜けて破格な額だった。ガイはベストを探った。こんな事になるとは思ってもみなかった。そもそも、里にいる時にはあまりお金を持ち歩くクセがない。飯屋をはじめとして何かを買ったりする時は、上忍の名で殆どが顔パス、つまりはツケがきく。月末にまとめて、銀行からニコニコ一括口座落としということになっている。
 ガイのベストには班員の分を支払って昼の弁当を買ったら、後は飲み物を買うくらいの金額の小銭しか、入っていなかった。
 たぶん、この店でもツケはきく。だから今、持ち合わせがなくてもネジが心配する事はないのだが。けれど、納得がいかぬ。どう考えてみても、何故おれが、頼んでもいないものまで支払わねばならぬのか。
「お前らはここで、待っていろ」
 言うなり、ガイは席を立った。大急ぎで店を出てゆく。
 それを見送るネジに、テンテンはスプーンを差し出した。どうして食べないの?と言いたげな顔をするテンテンに、いらないと首を振った。そして、小さく、気の毒そうに言った。
「先生も、大変だな」
 外から、ガイの、カカシの名を呼ぶ声がする。この場所からだんだん遠ざかって声は小さくなるはずなのに、声は次第に大きく聞こえてくるその不思議さに、3人は互いに顔を見合わせて、首をすくめた。

 アイスクリームやを飛び出したガイは、目と鼻の先を軽い足取りで歩いてゆくカカシの姿を眼中に捉えた。カカシめがけて一目散に駆け出してゆく。そして、大きな声で名を呼んだ。
「こらあ、カカシィ!」
 途端にカカシは後ろを振り返る事無く、ケーキの箱を抱えて小走りし始めた。
「待て!待たぬか、カカシ!」
 逃げてゆくカカシを、鬼のような形相でガイは追いかけてゆく。
「お前、逃げるという事は、食い逃げを認めるのだな」
 大声を発しツバを飛ばし、両手を振り上げてガイは追跡する。
「食い逃げじゃないもん、ちょっと味見しただけだもん」
「味見だと?」
「俺、一口しか食べてないし」
「頼んだのはお前だろう、放り出すなど、男の風上にもおけんぞ!」
「受け取るガイが、悪いんだよ」
「何だと?」
「それに、ナニ?朝っぱらから、修行サボってアイスなんか食べて」
「うぬ?」
「サボってる人には、罰が付きものってね、言うデショ」
「言いがかりも、たいがいにしろ、カカシ!」
「だって、サボってんじゃん。どう見たって、技の訓練には見えないもん」
「だからといって、何故ケーキの分まで、おれが払わねばならぬのだ」
「モノゴトには、ついでってものがあるし」
「何がついでだ。勝手な事を!」
 ガイとの距離に安心しているのか、カカシは結構平然として呑気な声で返答している。それに比べて、ガイの声はカカシの体へと覆い被さるように追いかけてくるようだ。全く距離を感じさせないくらいの大声だった。
「おれが、負けるとでも思っているのか、かけっこで、このおれが」
 顔色も変えずに小走りを続けていたカカシだったが、ちらと振り向き、ギョッとする。
「うわっ、早すぎ、ガイ」
 背中近くにガイの顔があることを知ると、顔つきは平静のまま、全速力で走り始めた。
 ケーキの箱を頭上高く掲げ持ちながら走るカカシと、そのすぐ後ろを大声を上げて追いかけてゆくガイの姿は、道ゆく人の目を引いた。立ち止まって注目する人の群れの中を、全く気にする様子も無いまま、2人は駆け抜け走ってゆく。
 だんだんと距離が縮まって、カカシの背へとガイの指先が届きそうな、その瞬間。カカシは急に立ち止まった。思いもかけないカカシの動作に、ガイは急には止まれずに、カカシを追い越し、少し先でスリッパをこするようにして急ブレーキをかけ止まった。
 そのスキに箱を頭の上へと載せ、カカシは両手で素早く印を組む。
「あっ!カカシ!」
「俺を捕まえられなかったガイの、負け。だから支払い、ヨロシクね」
 その声と共に、カカシの姿は消えた。後には白煙が立ち昇っているだけだ。
「こらぁ、カカシィ!ドロンはナシだ!こら!」
 いくら叫んでも、カカシが再び姿をあらわす事は無い。そう分かっていながら、ガイは悔しまぎれに、ほのかに残る白煙を、手と足で切れ切れにするのだった。

(終)


ガイ班4名が仲良く並んでアイスを食べている、
そんなのんびりとした場面が書きたかったのです。が〜!!。

ソフトクリームが溶けてリー君の手に付いていた、
あの、とろけ具合がたまらなく、美味しそうに見えた、ガイ先生。
美味しそうに見えたのは、クリームだけなんでしょうか?
読み返して、あれ?もしかして美味しそうに見えたのは、
クリームの付いた、゛リー君のお手々゛だったんですか?などと思いましたですよ。

それだったら、ソコ(リー君の手がおいしそうなのか、それともクリームだけなのか、
自問自答するガイ先生)をもっと突っ込んで書いても良かったんですが
果てしなく脱線して、
どこか遠い所へと行ったっきり、戻って来れなさそうだったので
今回は泣く泣く端折りました。
でもまあ、お互い相手が前日頼んだものを選んでいるあたり、
かなりラブな二人です。
そして、きっとね、リー君のメモ帳には
「男は黙ってバニラアイス」と記してあるはずです。(嘘です)

一生懸命なガイは、今回、カカシには、はぐらかされっぱなし。
なのでますますカカシに対して闘志を燃やす、ガイなのです。(これまた、大嘘です)
「負けんぞぅ!見ていろカカシめ〜!!」っていう感じで、
ガイはますます己が腕に磨きをかけてゆくのです。(それっぽく終わったな、ふう)