かこからみらいへと、つづいてゆく、みち

 振り上げられた拳と、回転の加えられた蹴り足と。
 どちらが先にその身を襲うのか全て知った上で、ガイは柔らかくそして素早く防御の姿勢を取る。
 と、目の前にいたはずの人影が、文字通り影となり、ふっとその姿を消した。

 …いない?

 ガイは即座に上下左右、視線のチャンネルを切りかえる。
 どこだ、どこにいる。

 少し離れた大木の下に、その影を見た。

 逃げたのか、それとも一休みか、リーよ。

 息を荒げて立ち尽す背を守るようにそびえ立つ大木。そこへ生い茂る木ノ葉が作る木陰の下にいる、リーだ。しきりと、額の汗をぬぐっている。
 天高い位置から地上を焦がし続ける太陽の下、演習場の中央にガイは立っていた。
 動きを止めると、それまで体に溜まっていた汗が一度に噴き出してくる。
 ガイは細く息を吐き、呼吸を整えた。

 リー、お前の性格で、逃げは無い筈。では、その姿は。
 熱さも寒さも、言い訳にはできぬ。

 そう思った途端、不思議な感覚へと、ガイは囚われた。
 この光景、初めてではないな。
 けれど自分はこの場所にいたのではなくて、大木の下、今のリーの位置にいたのだと、記憶は告げる。
 リーのように、いやもう少し幼かったかもしれぬ。
 アカデミーを卒業し、中忍を目指して昼夜を問わず、技の習得に励んでいた。師と共に、手合わせを重ねていた。つらくもあり、楽しくもあった頃。
 その時、師は、今、おれが立つ場所にいた。そしてリーがおれを見ているその場所で、おれは、師を見ていた。

 焦りばかりが先に立つ。見えても届かぬ、その苛立ちに悩む。
 上手くなりたいと、そればかりを望む。
 強さとは何であるかを知らずに。そして知ろうともせずに。
 勝ち負けだけに一喜一憂する日々。

 まさにおれは、あの頃のおれは。今のリーの位置にいた。

 先生、あなたは。
 おれがリーを愛するように、おれを愛してくれたあなたは。
 おれがリーに対して思う、その気持ちと同じものを、あの時のあなたは、おれに対しても抱いていたのだろうか。

 可能性を感じ、悪しき点を良き線へと変える道を示す。
 一緒に笑い、一緒に泣く。

 先生。
 そう問いかけても、あなたはもうその笑顔を見せてはくれぬ。
 ―― 手合わせを望もうとしても、受け入れてくれるそのひとはおらぬ。

 どれだけ技を磨いたところで、ガイの中での師は幼い時のまま、いつも手の届かぬ所にあった。どれ程自分が強くなったのか、それを確認したくても。試す事は、今はもう叶わぬ夢だ。

 影を落とさぬ程真上にある太陽は、ガイの体中の汗を容赦無く絞り取ってゆく。水滴がぽたりぽたりと落ちては、砂の上にシミを作る。そしてすぐに、蒸発して跡かたなく消え失せる。ガイは汗などかいていないかのように。あちらこちらから流れ出す雫にかまわずに。リーが動くのを、ただ、じっと待っている。
 蝉の大音声が耳をつんざく中で、ようやくリーはガイへと向かい、地を蹴り出した。リーの動きを予想して、ガイは、技を最も受けやすい位置へとその身を躍らせる。

 来い、リー。
 もっと高みまで、早く来い。
 おれがお前の前にいられるうちに、おれが知りたかったおれの強さを、師と手合わせをして確かめたかったおれの場所を、お前が示してくれ。

 おれは、おれの師だ。そして。
 リー、お前は、おれだ。

 お前がおれを超える事で、おれは師を超えられる。そんな気がするのだ。

 リーの蹴りの鋭さに満足感を覚えながら。
 ガイは流れ落ちる汗と共に、今と昔の時の中にその身を置く。
 ずっとそこに在り続けるようで、まばたきする間もなく、あっという間に消え失せるようで。一瞬にも似て永遠にも思える、そんな時の流れの中に、その身を置く。

(終)


ええと、ガイ先生にも「先生」がいたわけで、
で、その先生って、どんな感じだったのかと、考えてみます。
カカシとその師である4代目の雰囲気が似ているように、
ガイ先生と「ガイ先生の先生」も、激似?
…似ているというよりも、

!!もっと、激しかったりして。
で、もっと濃ゆかったりして!!

ぜひお会いしてみたいような、影からこそっと盗み見したいような。
微妙な心境です。