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「もうお前も、弟子を持ったみたいだな」
「違うよ」
「カカシ先生か?」
「…そうやって茶化すのは、やめてよ。ガイ」
木の葉が五月雨のようにカカシへと降り注ぎ、体にまとわりつきながら落ちてゆく。
カカシは、ただじっとその場に立っていた。
遠くの木立に、ガイの姿が垣間見える。今さっきまでそこにいたガイの、忘れ物のように残された風が、カカシの足下へと舞い落ちようとする枯れ葉を、再び宙へと舞いあげた。
「ふうん。まあ、いいんじゃない?」
つぶやきながらカカシは、手で肩を払い頭を振る。はらはらと木の葉が舞った。
いつ戻ってきたのか、それと気付かせない。いつのまにか隣りに、ガイが立っていた。
「…まだまだ改善の余地があるな」 ガイはそれでも嬉しそうに口元を緩ませる。
「昨日、リーとネジを見ていて、思い付いたのだ」
「ああそれで。力技で来るお前にしては、いつもと技の系統が違うなと思ってたケド」
下忍となってもうすぐ一年が経とうとしている。なのにいつまでたってもリーは、ネジに太刀打ち出来ない。同じ班になった当初その差は歴然と大きく開いていたのだが、今は、差があるとはいえ、ネジには届かない範囲ではなかった。
負け癖がついているのだ。一度、勝たせてやりたい。それで気持ちも変わるはず。そう、ガイは思う。
負けても負けても立ち上がるリーは、ただ悔しさだけが募って、的確な技を出せてはいない。持ち得る技を、後先考えずめくらめっぽうに出しまくって、ネジにいどんでいるだけだ。
焦りだらけの練習。これではネジに勝てるわけがない。
けれど、そんな自分の状態が判るほど、今のリーは冷静ではなかった。自分を見失っている状態だった。
持てる力を存分に発揮出来ていない。だから、また、負ける。
そんなリーの姿を見ながら、ガイはずっと考えていた。
圧倒的な力で勝たなくてもいい。ネジの繰り出す攻撃を、ほんの数秒だけかわす事が出来たら。その場に応じた最適な攻撃が出来る隙間を、見出せる筈なのだ。そこで落ち着いて、自分を出せる筈なのだ。
そうすれば、ネジを倒せないまでも、納得の出来る反撃のひとつくらいは繰り出せる筈だ。それくらいの力は、リーにも充分、蓄えられている。
何とかネジの技を、少しだけかわす事が出来ないものか。
今のリーの持つ力と同程度に自身の力を押さえ、ガイは何か方法がないものかと考慮していた。今のリーに最適な新しい技を、考えていた。
持てる力を充分に活用して作り出すいつもの技とは違い、力を抑えていたからこそ、編み出された技。自身を抑制する事にも似た体の動きと共に出てきた産物が、今、カカシを相手にやって見せた新しい技だった。
すでに、弟子がいるガイ。
まだ任務ばかりの、カカシ。
下忍と中忍、中忍と上忍。正規の部隊と暗部。
これまで、地位が違ったり配属が違ったりと、さまざまな場所へその身を置いてきた二人だが、時を経て同じ正規部隊に勤める事になったのも束の間、ガイはカカシより先に、部下という名の弟子を持つ立場になった。
「良き師が良き弟子を育て、良き弟子が良き師を育てるっていうぞ、カカシ」
新技を得て、ガイは上機嫌だった。いつにも増して、鼻息が荒い。
身長・体重、経験等からみても力の差からしても、ガイがやるのとリーのそれとでは、たとえ同じ技を繰り出したとしても、全く違うように動く事が出来る。そして、力の入れ加減で、また違った技になる可能性がある。つまり、一つの技の開発で、3種類の技を手に出来た、そういう事だった。ガイが浮かれ気味なのも頷ける。
今はクールダウンのつもりなのか、その場で軽く屈伸運動をしている。見上げるように、カカシへと言った。
「お前も弟子を取れ、カカシ」
カカシは顔の前へと落ちてきた木の葉を指先でつまみ上げると、軸を持ち、くるくると回転させている。弟子という言葉を耳にしても、さほど興味なさそうな顔をしていた。
ガイはリズミカルに足を曲げ伸ばししながら、ふと思いついた様子で、訊ねた。
「一度聞こうと思っていたのだ。お前の試験はどうしてそんなに難しいのだ?」
「これくらいのコト、突破出来ないなら、最初から止めておくほうがいいよ。基本だもん」
「チームワークか?」
「そ。みんな自分のコトばかり。分け合うとか思いやるとか、そういうの全くナイ。だからアカデミーに返品してる」
「…それもあるだろうが、あの子が入学してからここ三年、ずっと、待っているんだろう?」
「ナニ?誰のコト?」
「あの子が卒業したら自分が受け持ちになりたいと思い、それまでは誰も引き受けず、体を開けて待っているのだろう?今年は教えたくない心境だ、などとワガママ言ったり、わざと他の教師に生徒を回したりしているのではないのか?」
「…そうじゃないよ。お前、さっき言ったデショ?俺の試験は難しいって。たまたま今期も合格者がいなかっただけだよ」
「そうか?」
不審そうに見上げるガイに、カカシは表情を隠すかのように、持った木の葉で自分の鼻先を突ついた。
ガイは屈伸運動を済ませると、次は足首を回し始めた。
「確かにおれも、あの子を気にかけている。4代目の願いを知れば、残されたあの子を一人前に育ててやるのが、4代目に対するおれたちなりの恩返しなのだと思う。密かに隠れて、見守っても来た。だが、お前の方が適しているように思えたからおれは」
「ナニ?譲ってくれたって?」
「そうは言わぬが」
「お前が指導したら、封印した九尾が飛んで出てきそうだよ」
「おれの熱い指導に反応してか?」
「うわ、マジに取ってる。冗談だよ」
「確かにおれは、思い込むと押さえが聞かぬ時があるからな。教えるという点では、冷静なお前の方が適任なのだろう」
「でも、ダメだよ、アイツは。落ちこぼれだもん。卒業出来るかどうかもアヤシイよ」
「ふん。何故、落ちこぼれだと知っているのだ?」
「それは、うわさとか、いろいろ」
「興味を持っている事を、認めるのだな、カカシよ。あの子を教えたいと日々首を長くして待っている事を」
「待ってないって」
「もうお前も、弟子を持ったみたいだな」
「違うってば」
「ふふん。そうすると来年早々、お前もカカシ先生と呼ばれるのだな?」
「…やめてよ。気が早いよ、ガイ」
「その顔は、まんざらでもないように見えるが?」
「卒業出来るって、決まった訳じゃなし。正直、アカデミーに三年もいるなんて、信じられないよ。すぐに出て来ると思っていたのに」
「お前はたった一年で、さっさと出て行った」
「ま、天才だから」
「自分で言うな、カカシ。それにあの頃とは、時代が違う。近年稀にみる優秀な忍だと言われるうちのネジも、皆と同じく三年、いたのだぞ」
「けど、今は落ちこぼれのアイツも、潜在的には俺と同レベルか、それ以上の筈なんだけど」
「確かに血筋はそうなのだろう。しかし、おれのように、大器晩成型という事もあるぞ」
「大器晩成。自分で言うヒト見たことない」
「使い方を、間違っているか?」
「自分の事、大きな器なんだって、認めてるんだ。大した自信だねえ」
「お前のライバルたるもの、大器でなくて、どうするのだ。だからあの子も、すぐに結果は出ぬが、いずれおれのように、いや、おれ以上に」
「だとイイけどねえ。さて、と」
カカシは持った木の葉をガイへと差し出した。
つられて手を出すガイの手から腕にかけて、そして体全体を、一瞬にして多量の木の葉が包みこんだ。ガイは、どこかから飛んでくる木の葉の群れから視界を守ろうと、顔を両腕で覆った。
「カカシ…?」
どこにいるのかと、吹雪のように舞う木の葉の隙間からその姿を捜す。姿は見えなかったが、遥か彼方から、聞き覚えのある声がした。
「…お前のさっきの技を、改良してみた」
こだまする声と共に、舞い上がる木の葉の量は、どんどん数を増してゆく。
「リー君のおかげで技を手にしたお前に付き合って、ついでに俺も新技が手に出来たよ」
「さっきおれがして見せたものと、パワーが違いすぎる、カカシ!こんな程度で改良などと!!」
ガイの体を、木の葉で出来た塔が包む。周りが全く見えなくて、ガイはカカシを探すのを諦めた。
「そりゃ、お前と比べたら、誰だって持っている力は少ないよ」
カカシの声は次第に遠くなってゆく。
「でも、お前が良き師かどうかは別として、良き弟子が良き師を育てるって、ホントいいこと言ったよ」
「何だと、カカシ?」
「……」
ガイの声にかぶさって、カカシの声が、途切れた。
それと同時に、ガイの体を覆っていた木の葉も、その姿を消した。辺りは何もなかったかの如く、シンと静まりかえる。
ガイは目を閉じた。木の葉を踏みしめる、微かな物音に耳をそばだてる。小さく近づいて来ていた足音が、ぴたりと止んだ。
ガイは目を開け、背後の大木を振り仰ぐ。
大きな木の枝に腰かけたカカシが、ガイを見下ろしていた。
「お疲れ、ガイ」
「誰が、弟子なのだ、カカシ?!お前にとって、おれは…」
風で乱れた髪を気にも留めずに、ガイは叫ぶように言った。
再び、木の葉が舞い上がった。視界も失わせる程に、そこらじゅうを巻きこんでざわざわと音を立てる。
「カカシ?カカシ!」
けれど答えはなかった。ガイの耳には、自分の声だけが響いていた。
(終) |