認 識 不 足

「お前は無茶ばかりする、カカシ」
「それを言うなら、ガイ、おまえもだろう?」
「おれは生きる為、明日の為に道を切り開こうと、多少の冒険と言うか、ゴリ押しはする。だがカカシ、お前のは単に、死に向かって走っているだけだ。本当の意味で、無茶をしている」
「結果的には、大して違わないよ」
「結果、とは、何だ」
「誰だって、最後は同じだ。、お前の言う明日のその先に、俺が目指して走る死がある」
「大違いだ。生きる為に前を向いているおれと、過去という後ろを向いて後悔ばかりしているお前、そういう違いは、とても大きい」

 いつから走り続けているんだろう。止まってしまう、その事が罪悪なのだと感じるかのように。ほんの少しの休息も、人目を避け、あたりをはばかるようにして取らなくてはいけない、そんな生き方を、何故選んでしまったんだろう。
 ガイは、自分の背にもたれて軽い寝息を立てているカカシの、以前にも増して細くなった体に驚きを覚えつつ、戦闘地域から離脱し安全と思われる場所へとその身を移して後も、ひとり、周囲へと気を配り続ける。ひとりの男の束の間の休息を妨げるものがいないように、その鋭い目で絶え間なく辺りを探る。
 走り続けるのは、生きる為だ。多少の無茶は、生きる為の原動力なのだ。ずっとそう、思ってきた。けれど。
 ガイは、背中にかすかな寝息を感じながら、いつかカカシと話した時のことを、思い出していた。こんな時に何故、そんな事を思いだしたのか、よく分からない。たぶん、そう、無茶をする、そんな話をした時の事が、今日の日に起こった出来事に重なって、デジャブの様に脳裏に蘇ったのかもしれない。

「なあ、カカシ。同じ空間にいるのに、何かお前との間に距離を感じるというか、違和感を覚える時がある。あの時から、ずっと」
「…あの時?」
「先の大戦での、国境近くでの任務から戻ってきた時から」

「いつもではない。だが、見えない誰かが、おれ達の間にいるような気がする。ただ、おれもお前も、特にお前が、心の中でただひとりの存在を気にしている時があるように思う」
「…そうかな」
「あの戦いの後、お前は以前と違う、まるで別人のようになっていた。技は勿論、行動も」
「そうかもね」
「親父さんがあのような形で亡くなってから後、全く違うお前になってしまったと密かに嘆いていたおれだが、また昔のお前が戻ってきたのだと、喜んだものだ。だが。新たに違ってしまったものがあった」

「なあカカシ。いつも後悔ばかりして、自分を責める生き方は、つらくはないか」
「つらいなんて」
「毎朝といっていいほど、同じ場所で見かける。かなりの時を、そこで過ごしているのだろう」
「お前が遠くを走っているのは知ってる」
「声はかけぬ。邪魔しては、悪い」
「…俺に定められたモノなんだ。だから受け入れるしかない。望んだものではないにしても与えられ、託されたものを最大限生かして使う、そうする事で、志半ばで逝ったあいつの命を生きるんだ」
「だがカカシ、お前の体は、写輪眼の使用に耐えられるようには出来てはいまい。ひとつの武器を得て、お前はさらに強くなったが」
「そうだね」
「けれど、それによって弱くなった部分もあるだろう」
「手合わせをしているお前が、その事を一番分っている筈だ、ガイ」

「体の疲労だけではないな。その目を使う度、あの時のことを思い出す。生きている限りお前はずっと、その枷を背負っていかなければならない。そして、力を蓄えて強くなればなるほど、まだ幼く弱かったあの時の自分を責めるのだろう」
「俺はそういう生き方しか出来ないんだ。そういう風に生きていくしか」

「昔のお前は、…アカデミーで最初に会った頃のお前は、そんなじゃなかった」
「当たり前だ。状況が違う。あれから何年経ったと思っているんだ。父も生きていた。写輪眼なしでも充分戦えた」
「そうだ。本当にお前は、強かった」
「たくさんの仲間もいた。…そして。あいつも。オビトも生きていたんだ」

「亡くしたものを嘆いても、戻らぬぞ」
「お前のようにすっぱりと、切り捨ててはいけないよ」
「直接、おれに関する事ではないから言えるのだ。おれ自身も、捨てられないものを抱えて今、ここにいる」
「…そうだね」
「つらいと思う事もある。ある程度の年数を人と関わって生きていれば、誰だって同じだ。何かを亡くしても生き続けなければならない。だがカカシ、いまこうしてお前は、おれの目の前にいる。おれはそれを、ありがたいと思う。失ったものも多いが、お前は確かに、ここにいる」
「目の前で改めて言われると、ヘンな気分だ」
「おれは大マジメだぞ。いつまでこうして共に語らえる事が出来るのか、分からぬからな。言っておくんだ。失いたくないとはいえ、人の力ではどうしようも出来ぬ時もある。とはいえ…」

「今、こうして目の前に、お前の存在を感じる。お前の姿を確認出来る。たとえそれが遠くの距離だとしても、そうと分かればそれだけで、おれは、いいんだ」

「ただ、お前を見ていて、つらくないように生きる道を選べばいいのに、と思うのだ。自分を追い込んでいるお前の体を、案じる。それだけだ」
「今更、生き方なんて、変えられないよ」
「変えようとしてないだけだろう。いや、違うな。変えてはいけないのだと、自分に言い聞かせているのだろう。だから、変えない」
「言葉遊びだ」
「無茶をする事も、変えてはいけない、変えようとしない、お前の生き方なのか?」
「無茶なんてしない。してない。出来ない」
「そんなことはない。お前は昔からずっと、無茶ばかりする。その癖は、直ってない」

 …そのあと、何を言ったのだったか。だいたい、そういうことを話したのがいつだったのか、よく覚えてはいないのだ。何年も前の話のようでもあり、つい最近だったような気もする。そう考えながらガイは、背中でかすかに動く気配を感じた。
 どうやらカカシが、目を覚ましたらしい。
 満身創痍とまではいかなくても、あちこちにかなりの傷を負ったカカシが、痛むのか、そろそろと膝をさすっているのが分かる。ガイは眉をしかめて、背へ向け、言った。
「逃げ道を作る為とはいえ、お前ひとりで、何人を相手するつもりだったのだ」
「数、数える暇ナイよ」
「200以上いたのだぞ」
「ふうん」
「何を考えている、お前は」
「巻物の事?」
「あれを里へと持って帰るのが、今回の任務なのだろう」
「そうだけど」
「どうやったら、あんな考えが浮かぶのだ。自分ひとりを囮にして、依頼人や仲間を逃がすのは分かる。その後がいけない。何故」
「引き寄せるだけ引き寄せてとりあえず戦って、適当な時間にわざと、でも自然に巻物を取られるよう仕向けた。渡してしまえば、時間は稼げる」
「だが、敵もそう甘くはない」
「でも、渡した時にほんの少しだけスキが出来る。俺ひとりなら、なんとか」
「…なるとでも?本気で思っていたのか?カカシ、あの場所での、お前みたいな行動を何と言うか、知ってるか」
「…さあ?」
「一般的には、無茶をすると言うんだ。覚えておけ」
「無茶?お前の目にはそう映るんだ。ちゃんと勝算があって、やっている事だよ」
「おれが来なかったら、一体、どうするつもりだったのだ?逃げ道があっても、200からの敵をどう押さえる算段だったのだ?」
「逃げ道って、負けて退避するみたいな言い方」
「どこが違うのだ。巻物を取られた上、お前の命さえも…」
「計算に入れていたんだ。お前が来る事を」
「おれが?」
「先発隊の俺達を追って、次の部隊が出ている筈だ。任務内容から言っても、お前がその中にいるのは間違いないと踏んだんだ」

「お前のことを一番良く知っているのは、お前より俺なんだ、ガイ」
「おれよりも、おれをよく知る…だと?」
「必ず来ると、計算した。お前だったら、あの地形であの状態で、どこから攻めてくるか、それを計算して、敵のあらかたを引き寄せた。もう来るかな、と思ったのよりも早かったから、自力で逃げる前に、お前が活躍するのを見ているハメになっちゃった」
「助けに来ると信じて待っていたと、素直に言ったらどうなのだ?カカシ」
「俺がそんな事言わないと、お前は知っているくせに」
「…そうだな。お前は、言わぬ」
「ホントはね、来る事、知ってたんだ。任務開始の時からね」
「知らぬ筈だ。お前が任務へ出た時には、おれは別の任務地にいた」
「俺が知るはずがナイってコト?」
「だからさっきも言ったように、知らぬまま、その勘とやらで気付いたお前は、おれの来る事を信じて待っていたのだ、そうだろう」

「…勘ね。さあ、どっちがホントだか」

 明日もまた、こんな風に、時間を共有し合える保証は、定かではないけれど。
 今は。馴染んだ互いの気配の中に、互いの姿を見て取れる位置に、いる。
 睨むような目をするガイに、カカシはあらぬ方向を見て、ガイとの視線を外した。

「言う事を聞かぬ頑固な奴だ。そういう所も、昔から変わらぬ」
「お前こそ、この俺に説教まがいの事を言うなんて、10年早いよ」
「これはおれの性分だ。お前がそうやって生き方を変えないように、おれにも変えたくない部分がある」

「肩を貸して、ガイ。足をやられた」
「ものを頼む姿勢ではないな」
「いいから早く」
「背負ってやろう」
「…いい。自分の力で、行ける所まで行きたいんだ」

 そうしてかなりの距離を移動してきたものの、まだまだ先は長かった。
 肩に回された手をつかんでいたガイは、その、いつもと違ったカカシの熱さに気付いた。
「カカシ、お前の体、何だか熱いな」
「ガイほどじゃないよ」
「熱が出てきたのか」
「ちょっとね、ふらふらする。傷のせいかな」
「もうすぐ医療班が待機する地域に入るはずだ」
「う……ん」
「カカシ?」
「でも自分の力では、この辺が限界かな」
「助けて欲しければ、そう言え」
「察してよ」
「ちゃんと、言え」
「分かってるくせに」
「言わねば分からぬ」
「ガイ、お前のそういうとこ、昔から変わらない。いいかげん変えたら?」

 一人では立っているだけで精一杯にみえるカカシの体を、ガイは軽々と、肩へと担ぎ上げる。
「貸しにしておいてやる」
「助けてなんて、言ってない」
「素直になれ、カカシ」
「分かってるくせに」
「言わねば分からぬ、と言っただろう。だいたいお前は…」
「俺に説教は100年早いよ。それよりここを早く離れよう。いつまでも、安全だという訳じゃない」
「それはそうだが」
「後ろは見ててやるよ」
「当たり前だ」
「ねえ、ガイ。俺の事、大事にしてよね」
「突然、何を言うのだ」
「お前、任務内容、確認してないの?」
「依頼人と行動を共にしている先発隊の身柄確保だ。おれにはお前が振り分けられた。他の奴らはみな、一人で二人を手助けするように言われたのに、おれは、お前だけを守れと」
「ほら、やっぱり」
「巻物を持っているのがお前だからだろう。なのに敵へと渡してしまって」
「まさかとは思うけど、あそこで渡したのが本物だって、思ってるの?」
「…違うのか?どこにある」
「巻物の形は、してナイ」
「どういうことだ」
「お前、何年俺の…まあいいや。俺も最近、こういう任務は久しぶりだから」
「分からん。その類のものは、何も持ってはおらぬだろう?」
「あのさ、俺のあだ名を知ってるデショ」
「今更。写輪眼のカカシだろう」
「そう。またの名を?」
「コピー忍者の…もしかして、その目で原本をコピーしたのか」
「そ。元のは、処分した。渡したのは、途中までしか書いてない、まがいモノ」
「お前自身が、巻物なのか。記憶しているということか」
「だから、大事にしてよ」
「本当に、無茶な奴だ、カカシ」
「そこは計算してるワケよ」

 担ぎ上げた体を落とさないようにとしっかりと抱えると、ガイは走り出す。
 人ひとり背負っているというのに、そうと知れぬほどの軽々しさでガイは駆けてゆく。
 さっきまで二人が座っていた所は、跡どころか、そのぬくもりすら残ってはいなかった。
 今となっては、その場所に二人がいたのかどうかも、定かではなかった。

(終)


セリフばかりでスイマセン

あと、いろんな内容ごちゃ混ぜで、整理できてなくてスイマセン。
ガイとカカシって、こんな感じかな〜というのを詰め込んだ一品です。