焼き芋と栗と芋けんぴ
木ノ葉の里・上忍待機所、午後2時47分。
待機所の前にある小さな広場には、三本の木が植えられていた。落葉の季節を迎え、その木から広場に丸く沿った道が見えなくなるほどたくさんの落ち葉が舞い散っている、そんな秋の昼下がり。
やがてやって来たイビキは、マントに隠し持っていたホウキを引っ張り出すと、枯れ葉だらけだった道をあっという間に綺麗に掃き清めてしまった。自分の仕事の早さに満足気な表情を浮かべたイビキが立ち去った後には、道の両側に高く積まれた落ち葉の山が残っていたのだった。
その枯れ葉の山の一角を崩し、新しく作った小山の前に、カカシが一人しゃがみ込んでいる。小山からは、プスプスと煙が立ち昇っていた。
その少し前。
イビキから枯れ葉の事を聞いたガイは、サツマ芋を持ってやって来た。火を付けた枯れ葉の山の中に芋を投げ入れる。そしてしばらくその場で、下半身の動作が目で捕らえられないほどの超高速ガイ式足踏みや、行っては戻る倒立前転なんかを繰り返しながら、芋の焼け具合を見張っていた。
けれど、宙返り三回転ひねりで焚き火を飛び越えたり、また匍匐前進で焚き火の周りを数え切れないほど周った後、他に思い付くもの全てをその場でやり終えてしまっても、サツマ芋はまだ生だった。枝で刺して焼け具合を見てみようとするが、枝は刺さらず、逆に折れてしまう。
「思ったより時間がかかるものなのだな」
まだまだ食べるには無理だと思い、腰をすえて火の番をしようと思ったけれど、これほど時間を取られては今日の修行メニューがこなせない。さてどうしたものかと腕組みをしていた矢先、身を隠すように枯れ葉の山の向こうをカカシが通りかかるのが見えた。
ガイはこれ幸いとカカシを呼び止め、サツマ芋の番を命じた。
当然カカシは嫌がった。が、サツマ芋の番をしろとしつこく言うガイにカカシも考え直したのか、代わりに焼けた芋を2個くれたならば番をしてもいいと提案してきた。
2個を譲るのは分け前としては多いと渋るガイに、カカシ曰く「自分は焼き芋を焼かせたら木ノ葉イチなのだ、2個を惜しんで頼まないのは損だ」などと、思い付きのデタラメを言ってガイを上手く丸め込み、無理やり2個のサツマ芋譲渡契約を結ばせた。
カカシにサツマ芋を任せたガイが走ってゆく後ろ姿を見送る事なく、すぐさまカカシはしゃがみ込んで、拾った木の枝で焚き火を突っつき始めた。
焦げないよう、又、程よく落ち葉に火がまわるよう気を配る様子でしばらくは山を突っついていたけれど、やがて飽きたのか面倒になったのか、本を取り出して、それからは読書に夢中になり始める。
焚き火の芋の番は、読書の片手間に適当に見ていた。
どれくらいの時間が経ったのか。カカシはふと、読書という異世界から現実へと引き戻された。
ガイの足音が聞こえた。本から目を離し、カカシは予想する。ガイが走り去ってから何分経つのか。この時間を必要とするコースは…。
「ガイ、里を3周した?」
「それは昔のデータだカカシ。今は3周半だ」
記録は破る為にあると胸を張るガイに、カカシは興味なさそうに答える。
「あっ、そう。2周半だっけ?」
「3周半だ!で、おれの芋は焼けたか?」
ガイは焚き火からプスプスと立ち昇る煙に目を細めつつ尋ねた。
読書に夢中になっていて、カカシは芋の事などすっかり忘れていた。サツマ芋の様子は後で見る事にして適当に返事をする。
「まだ…三分の一くらいかな」
「ふむ。では里の周りを7周…いや8周してくるか!芋を頼んだぞ!さらば、カカシ!」
「………」
猛スピードで走り去るガイに行ってらっしゃいと言う事もなく、再びカカシは焚き火をヤル気なさそうに突っつき始めた。
そして突っついては頬杖を付き、その後ため息、また突っついては…を繰り返して時を過ごしていた。
そんなカカシを見つけて、子供達が寄ってくる。
「カカシ先生、なぜこんな所で焚き火してるってばよ?」
「ただの焚き火とは違うコレ!」
「カカシ先生、お久しぶりです!」
やって来たのは、ナルトとリーと、木ノ葉丸の三人組。
彼らは年齢がバラバラ。担当教師も違う。一体どういった取り合わせなのだろうか。
三人とも額に汗している。どうやら自分たちだけで激しいトレーニングを行っているように見えた。体を動かすとお腹も減る。そうでなくても、ちょうど小腹が減る時刻。
カカシは焚き火に興味を持った元気な三人組にまわりを取り囲まれてしまう。
「カカシ先生、枝で突っついてる中味は何だってばよ?」
「うん。焼き芋」
隠す事もないので素直に白状する。それを聞くやいなや、三人組は飛び上がるようにして騒ぎ始めた。
「焼き芋!おいしい季節です!」
「食べたいコレ!」
「欲しい欲しい欲しい〜!カカシ先生、俺たちにもくれってばよ」
カカシの許可を待たずに、ナルトは早速、拾った枝で焚き火の中を探り始めた。すぐさま焼けた芋を見つけて枝に刺し、得意気にカカシに見せる。「焼けてるってばよ!食べ頃だってばよ、カカシ先生!」
「ナルト君、僕にも下さい」
「お腹が鳴るコレ」
こうなってはしかたがない。カカシは観念して
「あ〜あげるけど、2個は残しておいて」
とは言ったものの、カカシの言葉を聞いているのかいないのか。既に芋に食らい付いているナルトを除く二人組は、それぞれに小枝を持ち、焼き芋を探し始める。
カカシは改めて子供たちを眺めた。
落ち葉を囲んでしゃがみ込んでいる数は3人。木ノ葉丸はまだ小さいからひとつは多いのではないかと思ったりするが、かといって半分にするのも可哀想だ。
カカシは木ノ葉丸が、三人組の中では一番大きな芋を探し当てて喜んでいる姿を見つつ黙っていた。
実はカカシは、芋がいったいいくつあるのか知らなかった。三人組の小枝が焚き火から引いた後に、芋の残りはいくつなのかと探ってみたが、芋らしき固形物は見当たらない。
ガイがカカシに芋を2個やる事を渋ったのは、3個しかないからだった事が分かった。
3個のうち2個渡すとなれば誰だって嫌がるに決まっている。
けれど結局、その芋は全て子供たちの手の中に奪われてしまった。
「熱いから気をつけるってばよ、木ノ葉丸!」
「これくらい、平気コレ!」
「熱いけど、我慢です!はぁっ!」
皆ハフハフと言いながら、湯気の上がる芋を口に運んだ。たちまち半分ほど平らげて、一息つく。一斉にカカシを見上げた。
「喉につまるってばよ」
「飲み物が欲しいコレ」
ジュースを買ってくれと言わんばかりだった。
「あ〜」カカシは忙しそうに枝で焚き火の中を突っついた。「火のそばを離れられない。大人が責任を持って見ていなきゃ」
それでもしばらくは三人組はカカシの近くにしゃがみ込んでいたのだが、どうやらジュースは買ってもらえそうにないとあきらめて、各自、焼き芋を手に立ち上がる。
「じゃあ、また修行に励むってばよ、ゲジ眉!」
「お腹も一杯になりましたし、頑張りましょう、ナルト君!」
「はい、頑張って」
カカシは声をかけて手を振った。
飛び跳ねるような素早さで、リーが走っていく後をナルトが負けじと追いかけてゆく。
残る木ノ葉丸は、とカカシは横を気にした。
焼き芋で汚した手をシャツで拭きながら、木ノ葉丸はどこから出してきたのか小袋をカカシに手渡してくる。
「ジジィが修行の合間に食べろと言って、持たせてくれたコレ。走る最中、服に引っ掛かってガサガサ言うからあげる」
芋けんぴ。
三代目はまだまだ歯が丈夫なのだろうか。このように硬いものが好物なのか。それとも硬いものを食べると脳の発達に良いというから、まだ子供の木ノ葉丸に持たせているのだろうか。
それにしても、芋けんぴとは、また懐かしの駄菓子ではないか。しかも木ノ葉丸のような子供が余り好まない種類の。
袋をカカシに渡すと、木ノ葉丸はあわてて二人の後を追いかけていった。
だっ、と突風が吹き、イビキが掃き清めた道にまた、枯れ葉が舞い落ちて来る。
そんな中、もう焼き芋はないはずなのに、カカシは再び焚き火を突っつき始めた。
火の回りを確かめて、持参した栗をそっと入れている。焼き芋がなくなった後に追加した枯れ葉の火の加減を見ている間に、栗ひとつひとつにナイフで切り込みを入れた。火の中で破裂するのを防ぐ為の丁寧な仕事ぶりだ。
実は、カカシの本当の目的は栗を焼く事だったのだ。焼き芋2個を手にする事がカカシの真の目的ではなかった。
カカシは昨日、体力不足解消の為に山登りをしていて、たくさんの栗を拾った。
料理をするわけでもないのだが、あまりに美味しそうだったので誰かにあげようと持ち帰ってみた。
イビキが落ち葉を片付けたと聞いて、その後にガイがサツマ芋を持って走っていったのを知り、ちょうどいい、焼き栗にしようと思い付いたのだった。
ガイの後を追うように、すぐさまカカシは広場へやって来た。それも、わざと隠れるようにコソコソと。
隠れれば隠れるほど、ガイはカカシの行く先を阻む。堂々と歩いていれば、それほど気に止めないのだが。
だからカカシは、ガイの注意を引きたい時には、わざと隠れるよう歩いていた。
普通に歩いて、焼き芋の行事に参加するよりも、「嫌がるカカシを自分の言うとおりにさせ」て、自分がカカシより優位に立っているとガイには思わせ油断させる、という事がカカシの狙いというか、いつもの癖のようになっていた。
そんなカカシの思惑通り、隠れるようにしているカカシを「目ざとく」見つけたガイはカカシを呼び止め、「それが決まりごとであるかのように」焼き芋の番をさせた。
カカシは焼き芋の見張りをしながら栗を焼いても良かった。けれどだからといって、素直に芋の番を引き受けたくない。
だからわざと、本当は忙しいけれど焼き芋をくれるならば「芋を焼かせたら里一番」の自分が番をしてもいいと、もったいぶっただけなのだ。
ガイにはカカシの目的が栗を焼く事なのだと知られてはいけない。
大した事ではないけれど、こういった小さなものごとの積み重ねがいざという時の行動にも現れる。
「敵は欺かないとネ」
それに。カカシは思う。お洒落なのは、焼き芋より栗デショ。
自分が焼き芋を食べている姿を思い浮かべたカカシは、それが何だか垢抜けないように思えた。栗の方が断然格好いい。スマートでクールだ。
「早く焼けないかナ」
今度は気を入れて枝を持ち、何度も火の回りを確認しては枯れ葉を足したりしてみる。
先ほどの、放置状態にも似た焼き芋に対するぞんざいな扱いに比べ、自分の栗に対しては細やかな気遣いを見せているカカシだった。
辺りは陽が陰り、少し冷え始めてきた。
カカシは落ち葉を足して暖を取る。その頃には栗は程よく焼けていた。
カカシはナイフで栗の皮をむき、口に放り込む。焦げた苦さも手作りの秋の味だ。
嬉しくなって食べ進め、満足するほど食べると、残りの栗の皮をむき始めた。
そこへガイが戻って来た。
「おっ?栗か?…で、おれの芋の焼け具合は?」
ガイは嬉々として焚き火の中を探る。けれど、枝で何度探ってみてもくすぶっている落ち葉しかなかった。
「おれの芋がいつの間にか栗に?」
ガイは栗を手に取り、裏返したり透かしてみたりと怪しむ。
「焼き芋が栗に変わってしまったと信じてるの?そんなワケないデショ」
カカシは半ば呆れつつ、ガイが手にしている焼けた栗を返してと要求する。
「栗は俺のだから」
「だったら、おれの芋は?」
焼き芋の在処を追及するガイを黙らせるべく、カカシは懐から袋を取り出した。さっき木ノ葉丸が置いていった袋。
カカシはガイに押しつけるように渡した。ガイは袋をまじまじと見つめ、一言ずつ区切って言った。
「…これは、い・も・け・ん・ぴ、ではないか!!!」
「お前の探しているサツマ芋が進化したんだよ。時代は思っているより早く進むよ」
「進化?芋が、芋けんぴに進化…」
ガイは不審そうな顔つきをする。
いつの間に焼き芋はなくなってしまったのか。どこへ消えたのか。カカシを問い詰めようと一旦は考えたものの、とりあえず腹が減っていたガイは、芋けんぴの袋を開いた。一本ずつ口に咥えて、ポリポリと噛みしめる。
「久しぶりの味だ」
「携帯食にもなるよ」
「折れて粉々だろう」
「折れないように注意するのさ。それに武器にもなるよ」
「芋けんぴが、武器に」
「そういう事もあるって話」
「それより、芋はどこに」
「ああもう、しつこいなお前は」
「しつこいなとは、何だ。おれの芋だぞ!!!出せ!出せったら出せ!!!」
カカシはふうと溜め息をつくと、何もないはずの焚き火の山の中央を目がけて、芋けんぴをぐさりと突き立てる。そっと引き上げたカカシの手には、芋けんぴが突き立っている焼き芋があった。
芋は子供たちに取られてひとつもないはずだった。けれどカカシはいつもの表情を浮かべ
「…はい」
ガイに対し、刺さっている芋けんぴごと渡す。
「おおう、おれの芋!!!」
待ち兼ねたという顔つきでガイは早速食べようとするけれど、不思議と焼けた芋の熱さが全く感じられない事に気付いた。二つに割ってみようとするが、固くて割れない。やがて芋にかぶりつき、歯で何とかしようとし始める。
カカシはのんびりと止めた。「やめた方がイイよ」
「何故だ」
「頑丈なお前の歯でも、かなわない」
カカシはガイのくわえた芋を見ながらカウントダウンを始めた。「さん、にい、いち!…ボン!」
「?!!!」
わずかな煙が立ち昇って消えた後に、ガイは自分が枯れ葉で石をはさんだ変な物体をくわえている事に気付いた。
「何だ、芋が葉っぱになってしまった」
焼き芋がないから一時、葉っぱと石を芋に代えたのだ。カカシは栗の皮をむく手を休めずに言った。「だから歯でも無理だって」
「芋はどうした?!カカシ!!!そういえば、あ〜っ!!!」
ガイは突然大きな声で叫んだ。「あいつらが食っていた焼き芋はおれの芋か。子供たちに芋をやったのは、カカシ、お前か」
「何?」
「焼き芋だ。ここへ走って帰って来る途中、道の真ん中で苦しそうにしていた木ノ葉丸を見つけたのだ。芋が喉に詰まって息も絶え絶えだった。だからおれはジュースを買ってやったのだ」
あの時子供たちはカカシにジュースを買ってもらえなくて、買ってくれる他の誰かを探して網を張っていたようだ。
そこにうまくガイが引っ掛かった。
カカシは苦笑する。「抜け目ないな、あいつらは」
「するとどこからともなくナルト君とリーが現れて、二人も芋が喉に詰まると言うから」
「お前は人がいいな」
言いながらカカシは手を出した。
けれどガイはその手の意味が分からない。「何だ、その手は」
「俺にもジュース。甘さ控え目の」
「自分で買ってこい」
カカシの手をはたき、ガイは石と葉っぱを地面に投げた。
そしてさも悔しそうに「お前に番をさせなければ良かった」つぶやくと、がくりと肩を落とす。
その隣りでカカシは、全ての栗の皮をむき終わっていた。
それに気付いてガイは、カカシの手のひらから栗をふたつみっつくわえた。ガシガシと噛んで、またすぐに口を開ける。
「小さすぎて食べた気がしないな。全部くれ」
「ダメ」
カカシは栗をポケットにしまい込む。汚れたナイフを服の袖で綺麗にしてポシェットへ直した。
それにしても木の葉を芋に変えるとは。
まるで子供だましだとガイは唸る。しかも簡単に騙されてしまった事にも腹立たしさを覚える。
「カカシ、お前は狐か狸か」
「俺?俺は…」
言うやいなやカカシは、ガイの体の脇に置いてあった芋けんぴの袋へ手を突っ込む。
「何だ…芋けんぴが欲しいならやるぞ」
ガイののんびりした声に返事せずに、袋をカカシに渡そうとするガイの肩を前へ引き倒した。
思いがけない事でガイはバランスを失いかけるけれど、即座に後ろへ首を引き、姿勢を保とうとした。
けれどカカシは後ろへ倒れ気味になっているガイの体を、そのまま後ろへ押した。
ガイは勢いよく背中から後ろへ倒れ込んでしまう。
「あっ、しまっ…」
ガイが油断した、と思う間もなく、カカシはガイに体勢を立て直そうとする暇を与えない。
「遅いネ」
たやすくガイの体を地面に仰向けにしたカカシは、がばっとガイの上に馬乗りになる。
「いきなり何をカカシ!!!」
ガイは動けない。
鋭く尖った切っ先が、喉元に軽く押し当てられたのが分かったからだ。わずかでも動けば肌が裂けるとガイは判断した。じっと反撃のチャンスをうかがう。
すぐさまカカシは無言のままでガイの体をとん、と叩いた。
そして喉に押し当てた切っ先を、ガイの口へと移動する。鋭く尖った先端で、唇をツンツンと突っついた。
「?」
眉をひそめて訝しがるガイの、その固く閉じている口を無理やりこじ開けたカカシは、切っ先を丸ごとガイの口の中へ放り込んだ。
何を入れたのかとガイは驚いたが、やがて「これは芋けんぴ」安心してガリガリと噛み砕く。
「だから武器にもなるってネ」カカシはガイの体から下りた。「というワケで、俺の勝ち」
ガイはごくんと喉を鳴らして芋けんぴを飲み込んだ。
それからカカシを睨み付ける。「勝負をするとは言っておらぬ!」
「たまには抜き打ち勝負も面白いヨ」
「抜き打ち。分かった。油断したおれが悪い。今日は負けを認める」
身を起こしたガイは、腰のあたりについている砂を払い落とした。負けた事が悔しいのか、砂に当たるかの如く叩くように何度も同じ所を手で払っている。
ずっとしゃがみ込んだままの姿勢で疲れたのか、カカシは両手を上げて大きく伸びをした。「勝つのはイイねぇ」
それからガイを横目に「言っておくけど、芋2個譲渡契約もまだ有効だから忘れないで」
カカシは更に加える。「男の約束って言ったヨね?お前。ひとつ貸しだから」
ガイは慌てたように「カカシ、おれは自分の芋すら食っておらぬのだ、だから…」
「芋けんぴも同じ芋だからいいじゃん」
「同じではないぞ、芋は芋でも…」
ガイがまだ何か言おうとしているけれど、カカシの体はすう、と風にまぎれるように輪郭がぼやけ始めた。ガイの耳に「あとの火の始末をよろしく」という声のようなものを残し、カカシはその場所からいなくなってしまった。
夕闇迫り木枯らしが吹きすさぶ中、ガイは袋に手を突っ込み、手のひらからこぼれそうなほど多量の芋けんぴを掴んだ。それを全て口に運んだ。
さっきの事を思い返しているのか、目は一点を見つめて動かない。
あまり考えもなくカカシに焼き芋の番を頼んだ、自分の考えの軽さを悔やんでいた。
芋はなくなり突然の勝負に負け、おまけに借りまで作ってしまった。
おれもカカシのように裏を読み、よく考えて行動しなくては。ガイは反省する。
そう、カカシのように。
けれど、自分にそんな真似事が出来るのか。
ガイは考える。
カカシのように。
けれど、カカシの真似をしたならば、おれは。おれは、どこに存在するのか。
口の中であちこち刺さって痛い芋けんぴ。ガイは必要以上にガリガリと音を立てて噛み下した。
何度か繰り返して袋半分ほどの芋けんぴを食べたけれど、いくら食べても余計に腹が減り、更に苛立つような気がする。
ガイは袋の口を折り曲げて脇に抱えた。
ほとんど燃え尽きた焚き火の落ち葉を蹴り、足で踏んで火種を絶やす。念を入れ、待機所から汲んできた水をかけた。しゃがみ込んで火が完全に消えた事を確認する。
ガイは立ち上がろうとして、ベストの内側に何やら柔らかな物がある事に気付いた。
探ってみれば、四分の一ほどの大きさの焼き芋が出てきた。
「これは…」
喉がつまると訴える三人組にジュースを買ってやった後、せがまれてガイは簡単なトレーニングメニューを考えてやった。
ナルトと木ノ葉丸に、体の柔らかさや左右のバランスを鍛えるY字バランスをさせていた。どうやらこれが苦手らしく、うまく出来なくて苦戦している二人を横目に、日頃の鍛練の成果で一回でバランス良くキメたリーは、ガイの隣りへ近寄って来て、こそっと何かを手渡した。
「僕の食べ残しで失礼かと思うのですが、とても美味しいのでガイ先生も、どうぞ」
「そうだ、この芋」
まわりまわって戻ってきた、おれの芋。
ガイは口に放り込もうとして、手を止めた。
リーの優しい気持ちがこもった大切な焼き芋だ。一口で食べてしまっては、もったいない気がした。
今ここで食べずに、家へ帰って、新茶でも入れてゆっくり味わうとするか。
ガイは小さな焼き芋を元通りにしまうと、なんだか軽くなった気持ちを抱いて家路を急いだ。
(終)
2006.11.05 |