夢見心地。
ディダラをぶっ飛ばした技で、カカシは精も根も使い果たし、ガイに背負われ里へ戻ると、すぐさま病院へ連れていかれた。診断を待つ事もなく、その姿だけ見て、即、入院して安静にしていなさいと言われてしまう。じっと寝ているしかないカカシの病室へと、ガイが見舞いにやって来た。
ノックもせずに遠慮なく戸を開け、我がもの顔で入ってくる。
「カカシ!来てやったぞ!」
その大きな張りのある声に苦笑いしつつ、カカシは布団から目だけを出して、迷惑そうにガイを見た。
「お前に、来てくれと頼んだ覚えはないよ」
「カカシっ!元気を貸してやる!」
「いらない。寝てたら治る」
カカシは、いつもと同じく、そっけない。けれど返事が出来るのは、回復している証しだった。具合が悪いと声を出す気にもなれないからだ。
弱々しいけれど会話が出来るカカシの様子に、ガイは嬉しそうにする。そしてベッドへ近付いてきた。
カカシは布団の中で口を動かして、ちいさな声で話した。
「お前が来ると部屋が息苦しいヨ。暑くて眠れない。困るから、あっち行って」
布団の端から手を出した。ヒラヒラと振って、暗に、出て行けと意思表示する。
「…今から寝るから、お前、ジャマ」
「眠れば治るのも確かだが、より、もっと前向きな治し方を、このおれが実践してやろう!」
カカシはくるりと体を返してガイに背を向けた。嫌だ、というしるし。
けれどガイは気にもせず、カカシの体に手を掛けた。グイと力任せにうつぶせにし、その体に乗りかかる。枕に顔を押しつけられて、手足をバタバタさせながら抵抗するカカシの体を、有無を言わせずにガイは押さえ付ける。
「お、まえ…!なに…」
「今は亡き三代目も、お喜びの」
「何を…」
カカシの背中に馬乗りになったガイは、両手の指先を軽く合わせていたが、プッと唾を吐き気合いを入れると、カカシの背中を押し始めた。
「う!…むぁ〜っ!」
あまりの力の強さに、逃れようと半身を起こそうとするカカシを更に押さえ付け、ガイは力の限りにカカシを指圧していく。
カカシは手足をヒクヒクさせ、痛がる。枕に押しつけられた口から、微かだけれどやめてくれという声も聞こえてくる。
「…カカシ、今は痛いが、後から効いてくるのが、マイト・ガイ式、疲労回復青春技だ!」
ガイは額に汗をにじませつつ、頑張って押しまくる。指先が、カカシの首筋から背中、腰、お尻から太もも、ふくらはぎにかけて、リズミカルに行きつ戻りつ移動する。押される度にカカシはヘニョとかブミャとかダヒャとか声を出していたが、やがて喉の奥からは、ヒューヒューという音しか出てこなくなった。
そうしてしばらくすると、カカシはもう、微動だにしなくなる。抵抗しても無駄だと諦めたのか、抵抗する力が残っていないのか。
そんなカカシに、おとなしく治療を受ける気になったのだと解釈したガイは、更に力を込めて背中を丁寧に端から端まで押しまくっていた。やがて仕上げとばかり、勢い良く叩き始めた。バシッバシッと小気味良い音が、部屋中に響き渡る。その音は軽快だったけれど、病室には誠に不釣り合いな音だった。が、全く気にすることもなく、太鼓を叩くように、カカシの背中をガイは叩きまくった。
仕上げとばかり、三度ほど肩のあたりを叩くと、ガイは一息、付いた。
「さあカカシ、これで終わりだ。明日にでも任務に出られるぞ!」
手を放し、声をかけた。が、カカシからの返事は、なかった。
あれっと思いつつ、ガイはカカシの体から降りた。
「カカシ?気分はどうなのだ?すこぶる良くなってるはずだろう?」
けれど全くカカシは動く様子がない。ベットから手が、だらんと力なく垂れている。
「カカシ?…カカシ?」
さては痛みに耐え兼ねて、身代わりの術でも使ったか?
ガイは、首をひねった。しかし、いつ入れ替わったのか気がつかなかったな。あれほど疲労している時にでも、おれにそうと分からぬくらいに、瞬時に技が使えるなど。しかもただの身代わりの人形ではなく、おれにそうと気付かせないよう、お前と同じ気配を残す身代わりを使うとは。
さすが、我がライバル。
感心して部屋を去ろうとするガイだったが。
その背中に、声がかかった。
「せめて布団くらい掛けてって〜よ、ガイ」
「んむ?やはりお前か、カカシ?」
カカシは、うつぶせのままで返事する。
「当たり前じゃん。お前に分からないように身代わりの技が使えるくらいなら、こんなトコで寝てないヨ」
来た時よりもしっかりした感のあるカカシの声に、ガイは満足して、
「それほど口達者なら、元気なしるしだ。布団くらい自分で着ろ」
言い捨てて、行ってしまった。
次の朝。
朝食の後、診察に来た医療班の男は、服を脱いだカカシの背中を見て驚きの声を上げた。
「どうしましたか?物凄い内出血です!」
ああ、やはり。カカシには、ガイの力は強すぎたのだ。
効き目はともかく、相手によって匙かげんをして欲しいよ。
カカシはため息をついた。しかも、昨日よりも疲れを感じる気がする。揉み過ぎで、よけいに体がダルいに違いない。
バカ、ガイ。手加減してよ。気合い入れ過ぎだよ。
抵抗する気もなくなるくらい、痛かったのだ。失神しそうな意識をかろうじてつなぎとめるのに必死だった。こんなことなら、ガイが来た時、受け答えせずに、バレバレでも身代わりの術を使って逃げるなり、いっそのこと、いまどき下忍でも使わない死んだフリでもしておけば良かった。カカシはそう思う。
ああもう、一生の不覚だよ。カカシは更に深く溜め息をついた。
それにしても、はああ、背中が痛いよ。
そこへ、軽やかな足音と共にガイがやって来る気配を、肌がチクチクと痛むほど熱く感じた。
嫌な予感がする。多分、この予感は当たる。きっと。だから。ヤバい。
カカシは足元に置いてあるベストから紙と筆を取り出すと、速攻で文字を書き記した。
そして部屋を出て行こうとする医療班に、
「この札、外に下げておいて」と渡しておく。
何やら朝から、いたく御機嫌なガイは、鼻歌混じりで病院へ、早朝ランニングの帰りにやって来た。
「さあ〜カカシを、もういっちょ揉んで、仕上げをしてやるか!」
指先をほぐしつつ、準備をしながらカカシの部屋へとたどり着くと。
「…あれ?」
病室の扉に、紙が一枚、ぶら下がっている事に気付いた。
《絶対安静面会謝絶熱血人間入室禁止》
ガイは、何度も読み返した。
「ぜったいあんせいめんかいしゃぜつねっけつにんげんにゅうしつきんしぜったいあんせいめんかいしゃぜつねっけつにんげんにゅうしつきんしぜったいあんせいめんかいしゃぜつねっけつにんげんにゅうしつきんし…何故だ?」
面会謝絶とは。指圧施術で、元気になっていると思っていたのに。
どうしてたった一晩で、誰にも会えない程、具合が悪くなっているのか。
ガイは、「さては!」と叫んだ。
近くを歩いていた看護士に静かにと目配せされ、慌てて口を押さえる。
…さては、この時とばかりに、弱ったカカシを攻撃してきた、敵の仕業か?!
ガイは、さっきの看護士が角を曲がっていくのを確認すると、
「カカシっ!大丈夫なのかっ!」
通路を歩いている入院患者の目を気にする事無く、激しくドンドンと戸を叩いた。
「お前の敵は、おれの敵だ。待っていろカカシ、すぐに仇は取ってやるぞ」
カカシは頭から布団をかぶって聞いていた。
敵って誰だよ。
カカシは苦笑する。
どうみたって、この場合の俺の敵は、お前だよ。分かってんのかな、ガイ。
ドアをしつこく叩かずに意外とあっさりと引き下がり、遠ざかってゆくガイの足音にカカシは拍子抜けする。「入室禁止」の文字は時間稼ぎのつもりで、あれだけでガイの足を止められるとは思っていない。文字にお構いなく突入してくるかと、その時の対応を色々と考えていたのに。いつも遠慮しないガイでさえ、相手が病人となると、人並みに遠慮という事もするのかと思って、カカシはおかしくなる。
一息付くと布団から顔を出し、上を向いて眠ろうとした。けれど背中が痛くて上を向けない。コロンと横向きになる。膝を抱えて丸くなった。
指圧された名残が、今もまだ残っている。いたるところをギュウギュウと押されて、疲労や傷の為に沈滞しかけていた血液が刺激を受け、体中をぐるぐる回り続けている。熱くて堪らない。そんなふうに体の中を血液が回りながら、傷付いた細胞を自己回復しているのだろうか。
確かにガイの言うように、次の日に任務に出るとまではいかないけれど、治りは早そうだ。
そういえば。遥か昔に、これと同じような事をされたような気もする。
格闘技によくある荒い決め技みたいなものを、ガイは腕と足を使ってカカシにかけてきたのだ。あれに比べたら、昨日のツボ押しは、まだ治療のような格好をしているだけマシというものか。
力の加減が今以上に分からないガイは、腕を力任せに引っ張りすぎたらしく、カカシの肩が勢い余って片方、抜けてしまったのだ。片腕がブラブラになってしまったカカシの姿に、ガイは腰を抜かした。
それが脱臼だとは知らずに、大怪我を負わせてしまったと思い込んでしまったガイは、治るまで何でもするからと言った。だからカカシは調子に乗って、罰として一ヶ月間、召使いを命じたのだ。
ガイの前でだけ、もう何ともない腕を白の真新しい三角巾で吊って、これみよがしに痛々しく振舞った。不自由なのはお前のせいだといわんばかりに、ガイをあれこれ便利に使いまくったものだ。
それは、まだ中忍になるかならないかの、子供の頃の話。そんな事も、あったっけ。
カカシは瞼を閉じる。とても、眠い。
いつしかカカシは眠りの世界へと落ちていく。
指圧後の昨日も、同じだった。何者かに引き込まれるように、夢さえ見ない世界へ誘われて、いつもより深く眠れた。
体に触れてきたガイの指先の感触を、今もまだ、覚えている。ふうふう言いながら背中を押す様子。その一生懸命さは、背中越しでも、充分に分かった。早く治してやりたいという気持ち。それはとても嬉しいし、また、その想いは充分に分かっているつもりだった。それにしても。
背中が、痛い。
ガイの、バカ。このお返しはきっと、お前が忘れた頃に。そうだよ、何か考えなくちゃ。何がいいかな、ガイを困らせる、何か。考えなくちゃ、でも、眠い。眠い…。
丸くした背中をヒリ付かせつつ、それでも心地良さそうに、カカシはウトウトし始めた。
(終)
2006.2.10 |