あこがれのお召し物
上忍待機所。午後3時57分。
忍者なら誰でも憧れる服。それは。
「おれのマイトスーツだろう!?」
威勢よく。緑の上下つなぎを取り出すガイ。
「誰がそんな事言ってるんだよ」
返事をするのも煩わしいと言いたげな、アスマ。
それに応え、ガイは雄叫びをあげるように。
「お前らはこの服の着心地を理解していないのだ!」
「理解する奴、いるのか?」
そういえば。髪型まで真似ている者がいた。アスマは呟く。
「ああ、ひとりいたな。酔狂なやつだ」
「忍道を極める事に対して、貪欲なのだ!」
憤慨するガイ。アスマにつめ寄ると。
「アスマお前も着てみろって、な!な!」
ガイはスーツを左右に引きのばし。胴のまわりへと、両手をひろげた
長さにする。これっていくらなんでも大きすぎるかと元へ戻す、ガイ。
「伸縮自在なのだ。お前でも着れるぞ」
「でも、とは何だ。失礼なやつだ」
誰がそんな色のもの着るか。フンと横向くアスマ。
「イビキでも大丈夫だ。ホラ」
相変わらず「でも」をやめないガイ。イビキは不服気に少しだけ眉を動かす。
「どこから話がズレてきたんだ」
多少イラつき気味のアスマ。今の話題の中心はガイの服の事ではなく。
「中忍以上の忍の着用ベストの件だ」
アスマは机に腰をかけると。嘆願書の紙をヒラヒラさせる。
自身の衣服を『ヘン』の一言でかたずけられて。ガイは
あきらかに不満そうな顔つき。
なので小さな亀を口寄せし、アスマの隣でしゃがみ込む。
亀を相手に服の長所を指南中。聞こえるように、わざと大きな声を出す。
「な!スゴイだろう?!」
アスマはそれにかまわず。
「ベストの件だ」
ガイの声に負けじと大声を張り上げる。迷惑そうなライドウ。
動じないイビキ。
「今日の様に暑い日、このベストを着用する事は苦以外の何者でもない」
言っているアスマは、手に持ったベストをゆらゆら揺らす。
「けれどこれは巻物やら忍具やら、俺達にとって必要なものが
収納出来る。だから脱ぐ訳にはいかない」
「…脱いでるじゃない、今」
揚げ足を取る、抑揚の無い声。
ガイの亀が頭の上へとよじ登って来て、困惑のカカシ。
その亀の甲羅を、嬉しそうに撫でているガイ。
アスマ、カカシの発言にムッとしながらもとりあわずに。ベストを机に置き。
「この厚みが、敵の攻撃から身を守ってくれているのだが、
いかんせん、ぶ厚すぎて、胸も背中も暑くないか?」
アスマは、カカシとガイには目もくれず。ライドウとイビキの目を、順に見た。
「早く先を言え」
イビキにせかされ。アスマは紙を2人に渡す。
「季節が変わるのに年中同じってのは、ファッション的にもいただけないねえと
思わないか?」
「思わない」
低い声で言い切る男。身長が高い為に、座高も高い。
ライドウは自分の頭よりもふたつ分、上から声が降ってきて、恐る恐る見上げた。
年中長いコートを愛用するイビキ。おシャレで着ているのか、それとも
下に着ている服を隠すのが目的か。
長いコートの下の服は多少適当でもかまわない。それがファッション手抜きの
常識だからだ。そもそも忍者として、そのロングなコートは任務の時に動きが
制限されるということはないのか。
誰も知らない。誰も聞けない。
自分よりも年下なのに、何故だかイビキには気軽に声をかけることが
出来ないライドウ。
見上げた視線がイビキと合う。イビキの血走った目に威圧され。
ライドウは無意識で言ってしまう。
「俺も、思わない」
同意してもらえるものだと思っていた2人に拒絶されて。
アスマは不憫な者を見るように。
「お前らの体は、心底、鈍く出来ているな」
自らの上着を、腹のあたりまでめくり上げた。何をするのかと
顔をゆがめるライドウ。全く動じないイビキ。
「腹黒いのを見せたいワケ?」
両肩に亀を載せ。嫌なのかと思ったらまんざらでもない様子で
亀の首を指先で軽く突つきながら。カカシが言った。
見せびらかすように、アスマは肌をさすりながら。
「俺のこの肌には、アセモが出来ている」
「アスマのは、ハダじゃなくてハラだな!」
ガイはシャレが決まったと思ったようで、独りご機嫌だ。
周りは一様にシラケていて。あえてそれにツッコム者は、誰一人としていない。
「デリケエトなんだぜ、お前たちと違ってな」
指でポリポリと掻くアスマ。少し掻いたら全体がかゆくなって来て、
腹をパチパチ叩きはじめる。
「早くしまえ」
変なものを見せられて。イビキの憤る声。しぶしぶ上着を戻す、アスマ。
「アスマが言いたいのは結局、何だ」
そう問うガイに。アスマは嘆願書を示す。
季節・温度に応じた素材・センスを希望すると明記してある。
同意者の氏名欄には。
奈良シカマル。一名のみ。今にも消えそうな薄い文字。
その字の薄さが、嫌々書いた事を、文字で現すかのようだ。
「シカマルってお前の班の?」
問うライドウに。
「おうよ!」
アスマは威張るように胸を張る。今回の試験で唯一中忍になった
男だ。今はもう、教える事は数少ないけれど、部下には違いない。
担当上忍としては鼻が高い。
「無理に書かせたんじゃないの、アスマ」
亀を2匹重ねながら。呑気なカカシ。
「他に誰も書いてくれないからって、部下を巻き込むのはよくないなあ」
「だいたい、たるんでいるな!」
カカシの手から亀を取り上げると。大事そうに抱きかかえて、
ガイはイスに座り、言う。
「全く、たるんでいるぞ!」
何の事かと不思議そうなカカシ。アスマのことを言っているのかと思い。
ああ!と気付いて、
「たるんでる?…そうだ、あごのあたりだ!腹も、ちょっと…」
「アスマの脂肪の事を言っているのではない!」
持った亀を、元の場所へと戻す。一瞬、まわりに煙が立ち登った。
「気持ちが、たるんでいる!」
「ああ、そっちの事」
ライドウが同意する。
「意識を張りつめてさえいれば、汗などかかぬ!」
言い切るガイ。
「ガイの言う通りだ」
イビキは今日のような暑い日でも涼しい顔でコート姿。
この男は意識を張りつめっぱなしなのか?ライドウは、冬以外、コートは
やめた方がいいと、おせっかいながら思う。
第一、見た目にも、暑くてかなわない。
ガイはアスマに向って。出したままの自称“マイト・スーツ”を示し。
「精神修業は1日にして成らず。軟弱なお前には、コレだ!」
「だから着ないってそんな色」
目の前に、ブランとたれ下がる緑色の物体。迷惑気味のアスマ。手で制す。
「このスーツの最大の特色は通気性にある。
汗かきのお前もこれさえ着ていれば、アセモに悩まされる事など無い」
「言ってる事が矛盾している」
「だよね」
イビキとカカシの声が重なる。ガイは口をとがらせる。
「何だ?」
「ガイは精神修業が出来ているんだよねえ」
カカシはあくびを1つ、する。緊張感の無さに呆れ、ガイが睨んだ。
気にせず続けて言う。
「だったら汗をかかない筈。どうしてわざわざ通気性の良いソレを、着る訳?」
「む?!」
への字口のガイ。
「汗をかかないのに、通気性を強調するのは変じゃない?」
成程カカシの言う通り。ライドウも頷く。
ジロリとカカシを見て。ガイはつばを飛ばさんばかりに、まくしたてる。
肌の水分量を保つ、うるおい感あふれる保湿性!
どんな体型にもぴっちり合わせる、着心地グッドなフィット性!
大量の汗をも体外へ放出し、その肌を常にサラサラに保つという性能は、
いわばオマケなのだ。
細かく言っていけば小一時間は必要なのだと吠え。
「そして何より素敵なのは!」
イスを蹴倒し、立ち上がる。
「厳選され尽くした後に選ばれし、緑の色!」
ガイはどうだと言わんばかりに両腰に手を当て、ふんぞり返る。
皆、暑くて気持ちがイライラしている上に。興味の全く無い
ガイの服の話など、聞く気がしない。誰1人として口を開かず。
静まり返る部屋。ガイはそんな事とは露知らず。
皆が感心して聞いていると確信する。
「誰が見ても、オシャレ度ナンバー1ではないか!!」
そして先程のアスマの嘆願書を指で差す。
「季節・気温に対する素材。うむ、適しているぞ。あとは
ファッションセンスだな、これも合格だ」
ホレ!と言って、アスマの鼻先に緑のソレをぶら下げる。
鬱陶しそうにアスマ。服を手で払いのけた。
「俺が言っているのはベストの事だぜ」
「だから何度も言わせるな。この服を着ていればお前の悩みは
全て解消されるのだ」
またまたガイは、服を左右に引っぱり。アスマの大きさに合わせて
肩幅やら、わきやら、体に当てて合わせてみせる。
「とりあえず、着てみれば?」
カカシが話を終らせようと。アスマに無謀な提案をする。
「お肌がサラサラになるらしいよ」
カカシの発言にとりあわないアスマ。首を振る。拒絶のしるし。
「お腹のアセモの、治りが早いんじゃないの?」
クスクス笑うカカシ。
「ファッションセンスも抜群らしいし」
どこの誰が言ったのかは、知らないけどなあ。
カカシは口の中で、もごもご呟く。それに気付いて、ガイは。
「何だカカシ。お前、実の所は着てみたいのだな?」
自分に攻撃の矢が向けられたと知り。カカシは聞こえないフリをする。
ガイは急いでカカシの横へ。目が嬉々として輝く。
「着てみたいと言えぬお前の奥ゆかしさ」
カカシは横目でガイを見た。上目遣いのガイの目が、カカシを
下から見上げている。
「おれは分かっているぞ、カカシ」
しゃがみ込み、カカシの足の長さに服を合わせ。
「むむ。少し足りぬ……」
残念そうにそれでも、聞こえるようにハッキリと言った。
カカシは耳に留め。口元を、ほころばせる。
「ん?俺の足はガイのより、長いってコト?」
かなり嬉しそうにガイに向う。
ガイは勝ち誇ったようにふんぞり返り。
「ひっかかったなカカシ!さあここへ足を入れろ」
カカシの右足を持ち、服へと差し込む。カカシは上体のバランスを崩し。
「だから、ひっかかったって何?」
叫ぶように言い、右足を蹴り上げ、逃げる。追いかけるガイ。
「お前がこの服を着てみたいと心の底でほのかに思う気持ちをこのおれが
気付かないとでも思っているのか」
「思ってないから気付かれる筈ないよ!」
「素直になれ!カカシ!」
「素直に嫌だ」
「冷え症のお前にも最適だぞ!」
「冷え症じゃない」
「体温低いぞ」
「お前と比べたら誰だって低いよ」
部屋を出てゆくカカシを追いかけて、走ってゆくガイ。
「この暑いのに追いかけっことは」
イビキは半ば呆れた様子。ライドウはその額にじんわりと光る汗を発見する。
じっと見つめているライドウに、イビキは無言で視線を返す。
文句あるのかと言いたげなその目に、コート脱げば?とは言えず、
ライドウは言葉無く。瞼を閉じた。
(終) |