盆栽T・full of prunes

 木ノ葉の上忍待機所。午後2時18分。
 部屋の隅、窓際の陽当たりのよい一角。進入禁止の黄色のテープで
囲われた中に置かれている、一つの植木鉢。
 針金のように尖った緑の葉を、四方八方へと広げた小さい松の木。
 イビキが遠目に、睨んでいる。立ち上がり。
“近よるな”“触るな”とのフダ書きを気にする事なく、鉢に手をやる。
 ふところから剪定バサミを取り出し。刈ろうとするのか。
 緑生い繁る針のような葉に、その光る刀先を当てた。


「やめておいた方が無難だ」
 小さくはあるけれどよく通る、落ちついた、声。
 それは声の大小にかかわらず、その場を静粛な雰囲気へと変えてゆく。
 鉢へと伸びたイビキの手が、引っこんだ。ギロリとした目つきで振り返る。
 入り口近くで、腕組みをし目立たぬように立つその姿。影と同化していて。
 イビキは声をかけられるまで、その男がいることに気付かなかった。


「日向宗家」
 イビキに名を呼ばれ、男は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「そのハサミも、哀れであるな」
 イビキの手元に視線を送る。
「本来の目的で、使われてはおらぬであろう?それとも…」
 それには答えず、ただ口元をゆがませるだけで、
イビキは磨かれたその光る刀先を、懐へ納める。


「もう半年にもなろうか」
 宗家は、植木鉢の近くへと歩み寄る。
「枝ぶりも見事。刈り込みの具合も程良く、なかなかの盆栽であった」
 ここへ置かれた当初の姿は。宗家の言う通り、上等の立派な枝を誇って
その場で威張っているかのように見えた。
 それが、好き放題に伸びて。絵画的芸術の美しさが今や、ただの小さな
松の木として成長し、その姿をここに現している。
 平凡な1本の植木に、成り下がっていたのだった。


「もったいない事だ」
 なおもその場を離れようとせずに。枝をながめているイビキへ。
「お前、心得があるのか」
 宗家は問う。
 イビキの口が開きかけた時。汗だくのガイが走り込んで来た。
 まっすぐ鉢へと突進し。抱えて部屋を走り去る。
 イビキにも宗家にも、目もくれない。というよりも、気がついていないと言うべきか。
「目的のものしか、目に入らぬ奴だ」
 呆れ顔でつぶやくイビキ。
「若さゆえの未熟さの権化のような男よ」
 けれどそれを嫌っている風でもなく。言葉とは裏はらに、表情は柔和だ。
 宗家は、イスを引くと姿勢正しく腰をかけた。


 部屋の外が騒がしい。
 廊下から、言い争いらしき声が漏れ聞こえてくる。
 何事かと耳をすませるイビキ。ふと宗家を見れば。
 白眼の体勢。
 白き肌から血管が浮かび上がるのが見て取れる、異形の目元。
 宗家も人の子だ。のぞき見の嗜好も少しはあるのかと、イビキは親近感を持つ。
 じっと見るのは失礼と、ちらちらと盗み見て。しばらくすると。
 宗家の表情が変わる。睨むようなものから、おかしくてたまらないというものへ。
 そして、目を閉じた。


「あの男に、世話をさせた者が悪いのだ」
 これは何を意味するのか。不思議に思うイビキの、もやもやとする心。


「水もキチンとやって枯らさぬように務めた。こんなに大きくなったと
いうのに、何故あの様に言われなければならぬのか、おれには全く分からんな。
 生きているのだから、成長はするものだ。大きく伸びてどこが悪いのだ。
 文句言われる意味が、全く理解出来ぬ」


 独り言をつぶやきながら、鉢を抱えて。ガイが来る。
 首をひねって、まるで小さな森のような姿の松の木をながめる。
 もとの陽当たりの良い場所へ、鉢を置いた。


「どうした」
 イビキの声に。
 振り返って、ガイは「ああ」と、今、気付いたような顔で。言った。
「依頼主に、大目玉をくらった」
 宗家の、忍び笑いが聞こえてくる。 
 ガイはその笑いの意味するところが何なのか、分からない。


「…お前」
 あきれたように、イビキ。
「これは、大きく育てるものではないぞ」
「では、何だ」
 イビキの目に、その鉢の松の木のように伸び放題、大きく育った男が映る。
 その男の顔は、全くと言っていい程の迷いが無かった。
 迷い無く疑う事無く、この植物を精一杯育ててきたのだ。
 男の顔と植物を並べて見て、イビキは宗家の笑いに共感を覚えた。
「形よく、育てるものだ」
「形?」
 その説明では何の事なのか分からないと言う、ガイの顔。
「盆栽は、枝やその緑の形が最も重要なのだ」
「ボンサイ?」
 ガイは考え込む。彼の頭の中に、その単語は無かった。
「他国の、主に老齢の男子が趣味とする、愛玩の植木の総称だ。
 見ばえがするように、枝や葉を、その都度刈り込む作業を楽しみとする」
 年齢の割には、盆栽に関して異様に詳しいイビキ。
「刈る?」
 聞けば聞くほど理解不能という顔で。ガイはつぶやく。
「何故、育てたものを刈るのだ。実をつけている訳でも花が咲いているという事でも
ないのに」
「それを趣味とする」
 言い切るイビキに。ガイは息を大きく吐いた。
「その趣味、理解出来ぬ」
 困ったように言った。


「…成長してゆくものを手折る事を良しと考えぬガイの、その気持ちも
分からぬではない」
 宗家の言葉に、沈んでいたガイの目が輝き、見開かれた。
「だが、本来の依頼の趣旨は何であるかを、見極めて物事に当たれ、ガイ」
 大きく育てる事でなく。
 枯らさず、枝ぶりをそのまま保ち続けるのが依頼人の要望。
 良き事と思い自分の意志を加えるのは、傲慢と言われかねない行動だ。
「それにしても、こんなになるまでよく育てたものだ」
 感心しているのか半ばあきれているのか。褒められていないという事だけは、
ガイにも分かる。
「…元に戻せと、叱られました」
 と言われても、何をどうすればよいのか。適当に刈り込んだからと言って、
形よく刈れるとは限らない。以前の姿へと戻す自信は、ガイにはないのだ。
 宗家は再び目を閉じた。
「…イビキ」
 その言葉に反応し、顔はそのまま目だけを動かせて。
 イビキは、宗家の微笑む口元を凝視する。
 全て、知っているのだと、言われているような気がする。
 その声にあやつられるように。イビキは再び懐のハサミを握りしめ、
 松の鉢へと向うのだった。

(終)


これって、「上忍待機所」なんですけど!
でも出てきているのは、特別上忍と、宗家なんですけど!
残念!…って事で。ユルシテクダサイ。
いつものアスマとゲンマでは、この重厚な雰囲気は無理かと。
軽い感じの話は、「盆栽U」で、どうぞ。


ワードに打ち込んでくれて、で、最初の読者でもある友人に
「これってガイ先生、イイとこ無しだ」と言われました(笑)
そうかな?私的には、めっちゃツボなんですけど。
イイとこじゃないところが、イイところなんだよ!!
その上、「盆栽、してそうだ」とまで、言われる始末。
ノンノン!分かってないな〜(エラそう)
人間の思うまま勝手に、切ったり刈ったりするのって
ガイ先生っぽくないという気がする。
説明は、うまく出来ないけど…。
(ダメダメだな)
こういうガイ先生、違うかなあ。でも、
私の中では、こんな感じだな。


いつものごとく、タイトルを決めかねていて
゛剪定゛で英語の辞書を繰っていたら
゛剪定する゛は、prune。食べるプルーンと同じ綴り・発音。
full of prunesで、゛間違っている゛という俗語になるそうです。
あと、゛元気な゛という意味もあるそうなので、おお!コレにしようと。
ダブルミーニングが何気に好きな、私です。


新年一発目に載せるモノを、何にしようか迷ったけれど
おめでたい感じがするようなしないような、盆栽モノにしました。
新年の感じが溢れる作品(?)で始まる「まいまい魂」、
今年もよろしくお願いいたします。