普通で秘密のマイト・ガイ

 アスマとカカシと、そしてガイが、入れたてのお茶をすすっている。何杯ものお茶を飲み干して空腹で鳴る腹をだまし、昼食までの時間稼ぎをしていた。
 上忍待機所。午前11時43分。

「暖かいお茶が美味しい季節になったね」
「…ジィサンみたいなセリフを言うなよ、カカシ」
「一番に飲んでいたのはアスマじゃないか」
「腹が減ってしかたなく、だ。茶が好きなわけじゃねぇよ」
「確かに旨いな。腹にしみる」
「ガイ、お前もか」
「思った事を言ったまでだ」
「あのさ、昨日の事なんだけど。部下に、今までの任務の中で一番大変な目に遭ったっていうのはどんな事なのか聞かれたンだ。適当に言っても、具体的に教えてくれって食いさがって、しつこいの。困っちゃってサ」
「一番。比べようがないな。時と場所にもよる」
「デショ?守秘義務もあるから具体的になんて話せないし」
「だが、任務が難しくなれば、先を思い不安に思ったりする子もいる。変な事に巻き込まれたりしたら嫌だと」
「変な事、ねえ」
「それを言うなら忍の世界に限らず、変な事がないとか変な奴がいない場所なんて、どこにもないぜ」
「確かにね。アスマの言う通り世の中変な奴だらけだヨ」
「カカシよ、変とはどういう意味なのだ?」
「普通じゃないって事」
「だから普通じゃないってどういう事なのだ?」
「カカシが言いたいのは、変ではない、つまり皆と同じだという事が普通だって意味だろ、多分」
「ふむ。だが、みんな一人ひとり違うだろう。それが個性や特徴というものだ。他人と同じではない」
「だから一人ひとり違うって事は、周りと違っているのが当たり前って事で、だから普通ではないって事が普通なんだって事さ」
「言葉を重ねたら余計に分からなくなってきた。普通という意味が、よく分からぬ」
「簡単にまとめてみればだな、普通ではない=変。だが周りと異なる事は普通の事。だから、普通ではない=普通。だったら、変=普通って事になる。って事は、世の中には変な奴しかいないって事が普通って事だ」
「……そうなのか?アスマ、お前も変な奴なのか」
「俺は普通だ」
「おかしいではないか。今さっき、普通は変なのだと言ったばかりではないか」
「それはそれだ。俺は『スペシャルな普通』なんだ」
「自分だけが例外なのか、アスマ?」
「俺も『選ばれし特別な普通』だヨ」
「カカシ、お前は『変』の部類だ」
「どうしてだヨ、失礼しちゃう発言だよ撤回希望!」
「おれの野生の直感だ」
「またまた根拠のない発言」
「直感を頼りに、ここまで生き延びて来たのだ」
「なんだかもっともらしい事言ってるよ、この変人」
「馬鹿を言うなカカシ。おれは、いたってまともだ」
「根拠がないネ」
「根拠は、おれ基準だ。それに照らし合わせると、アスマは変人だし、カカシ、お前はさらに変だ」
「そんな基準、世界には通用しないぜ」
「そうだよ!即座に却下だ!」

「変と言えば、ガイを裸にして捨ててった人もいたネ」
「…それは」
「いきなり元気がなくなったけど、ガイ?」
「その事は…」
「顔色が変わってるよ」
「覚えておらぬ」
「俺がまだ写輪眼を持っていなかったから、ええと…」
「カカシよ。その出来事は、まだ修行が足りぬ時の、か弱く幼き日の事だ」
「それにしても、わざわざ裸にしておいて放っておくなんてね」
「何か大事なものを隠し持っていたのか」
「特に何も持っておらぬ」
「じゃあガイ自体が目的だったって事だ」
「普通だヨ」
「こらカカシ、それが何故、普通だと思うのだ!」
「何故って、普通だから」
「ガイ、盗られたものは?」
「服だ」
「中身より服の方が重要だったって事なのか」
「それって普通ダよね」
「そういう事なら、カカシが言う事が普通の考え方だな」
「だから、その普通が示す意味が分からぬ」
「ガイの服に何か秘密があると睨んだのは、まともな考え方だ。ガイの速さが自前のものだと信じられない奴には、服にジェット推進装置なんかが仕込んであると考えたりするのもいるのだろう」
「だヨねだヨね。ガイの外見だけ見たら、もの凄く平凡な忍だもん。中身より服に仕掛けがあると考える方が普通な考え方だよ。まだ小さかったけど、あの頃には既に、ガイは凄い形相をしつつ俺の事を凄い速度で追っかけ回していたからネ。昔から人知を超えてる速さだけは一流だったヨ」
「褒められているのか、けなされているのかよく分からんな」
「褒めているに決まってるじゃん」
「…そうは思えぬ、その笑み」
「でもさ、ガイの服を盗んだ相手も、服には速さを操作する仕込みがないと知って、びっくりしたんじゃないかナ」
「じゃあ今度狙われる時には、ガイ自身が狙われるぞ」
「二度、同じ失敗はせぬ。今度は簡単に捕まらぬ」
「ガイを知っている敵だったら、お前のパワーを警戒して、正攻法ではこないんじゃない?」
「いや、意外と真っ正面から突っ込んでくるかも」
「それは好ましい攻め方だ。受けて立つぞ」
「ことお前に限定するなら、お前は奇妙な攻め方をされると用心するが、正攻法の攻め方だと馬鹿正直に正面から破ろうとする、で」
「相手の思うツボにはまるってネ」
「まともな攻め方をする、まともな奴もいるからな」
「待て待てアスマ、さっき世の中は変な奴だらけだと言ったばかりではないか」
「まともな奴もいるにはいる」
「まともにみえて変な奴もいるヨ」
「わけが分からん」

「だけどガイの服に興味があるなんて」
「おれの服に目をつけるなど、女子の制服を狙うよりタチが悪い」
「それとは目的が違うだろ」
「おれの服には機密が隠されているのだ。そこらで売っている安価なものとは、生地からして違うのだ。もちろんデザイン・裁断・縫製から仕上げに至るまで、おれの経験を全てつぎ込み一着の服に仕立て上げているのだ。服を盗まれた時はまだ開発中で、身に着けていたのは修行中だけだったから機密は盗まれずに済んだのだが、敵はその話を聞き付けたのではないかと思って」
「……あれ?」
「何だ、カカシ。話はまだ途中なのだ」
「…ガイ、裸だったって?下着は」
「………」
「パンツまで盗っていくなんて、やっぱり変だよネ」
「というより、パンツまで盗られるほど、敵に我が身を晒した事自体が恥なのだ。あの事だけは悔しくてならぬ」
「その現場を目撃していなかった事を幸いに思うぜ」
「この話はほとんど誰も知らぬのに、カカシ、今になって何故バラす」
「ちょっと思い出しただけ。記憶の整理整頓」
「そんな片付けは、自分の中で密かにしろ」
「だって思い出したんだもん」
「恥なのだから思い出すのは禁止だ。記憶から速攻、削除だ」
「勝手に決めないでヨ」
「ああ、もういいよ、パンツの話は。それ以上聞きたくないからな。それはこの際置いておくとして」
「ダよ。置いておくよ」
「早く捨てろ!」
「ヤダ。だって変だもん」
「カカシ、お前には何がひっかかる?」
「気絶していたとはいえ、もしかしたら顔を見られているかもしれない恐れもあるのに、敵はどうしてガイの事を殺さなかったのかな」
「それは言えるな。服だけ盗って裸で放置していたのは変だ」
「お前、本当にガイなの?あの時に本物のガイは殺されていて、誰かがなりすましているんじゃないの?」
「なんだカカシ、その疑わしい目つきは。おれはおれだ」
「だったら証明してよ」
「しょ…証明しろ、だと」
「そ。本当の『ガイ』なら、仲間だけに通じる秘密の暗号を知っている筈」
「秘密の暗号だと?そんな決め事は初耳だ。いったい、いつ決めたのだ」
「わわ!アスマ、この人ガイじゃないよ」
「よく似ていたがな。口調まで。すっかり騙されていた」
「騙してなどおらぬ」
「あの時からずっとガイのフりしていたんだ。ある意味すごく長期の潜伏スパイ、よりによってガイなんかに化けなきゃならないなんて可哀想すぎて同情しちゃうけど、敵は敵だから厳しくしなきゃ」
「カカシ!おれが分からないのか!」
「だから証明してって」
「早くしろ。でないとしょっぴくぞ」
「しょ…アスマまで!」
「秘密の暗号。はい、早く」
「知らぬ」
「ニセモノ決定だね」
「どうするカカシ、身動き出来なくするにしても、こいつは派手に抵抗しそうだぞ」
「ダね。アスマ、通報!」
「よし。連絡してくる」
「……むむう。仲間に信用されないとは。おれの忍人生の中では言葉で語り尽くせないほどの様々な場面に遭遇したが、一番大変な目に遭っているのは、まさに今かもしれぬ」
「またまた、ガイが言いそうな事を言って、調子よすぎ、このニセモノ」
「もうよい。信じられなければ信じなくてもよい」
「居直ったヨ、怖い怖い」
「カカシ、お前との二十数年間は、おれにとって闘いの歴史であり、また懸命に修行してきた歴史でもある。それを今更、言葉で証明しろと言われ……」
「しっ、うるさいよ、黙ってて!」
「何だ?」
「……ご・よん・さん・にい・いち。いち…いち…」
「いちが多過ぎるぞ。それに何のカウントダウンだ、カカシ」
「………いち。ポーン」
「カカシ?」
「キッカリ、お昼だ。俺はご飯を食べに行くけどサ、ガイは留守番していて」
「ニセモノに番などさせていいのか」
「ヤダヤダ。いつまでニセモノごっこなんだよ。……あっ、来たかナ」
「なにやら香(かぐわ)しきカレーの香りが近付いてくるぞ」

「……ハイパースーパー超スパイシー辛さパチパチでパピューン激ウマ涙腺ゆるゆるカレー特盛り3杯のご注文は、こちらでしょうか」

「そのカレーは、おれの大好物!」
「先に出たアスマに、出前を頼むよう言っておいたんだ。気が利くヨね、俺って」
「カカシ、お前はやはり、おれが見込んだライバルだ!うれしいぞ!」
「じゃ、そういう事で」
「カカシ……」
「心おきなく食べて、ガイ」
「ニセモノ呼ばわりした時には腹も立ったが、一瞬でもお前の事を疑ったおれを許せ、カカシ…こんな気遣いまでするとは、おれは」
「いいっていいって、こんな事で喜んで貰えて、ホントお安い事だよ」
「カカシ、お前って奴は」
「じゃあ、後はヨロシク」
「……カカシ。昼飯はゆっくり食ってこい。留守番は任せておけ」
「ん〜」
「カカシ…」

「……あのう、感激しておられる時に大変申し訳ないのですが、カレーの代金を」

「へっ?支払いは、まだなのか。注文しただけか?カカシ……カカシ!」

(終)

2006.11.24