ジメ2キラ2
どよんとした空気漂うムシ暑い昼下り。夏も近く湿気の多いこの時期は、不機嫌な者の多発する時期でもある。
上忍待機所午後2時8分。
手に持った紙でせわしなく顔をあおぎながら、アスマがやって来た。開いたままの扉の柱に背をあずけて、汗のにじむ頬を2・3度、かいた。「ザーッとひと雨来れば、ちったあマシになるんじゃねえか」
「誰もいない所で」 本に視線をあずけたままで、カカシがひそかに言葉を漏らした。「おもいっきり、読書三昧希望」
「何だと?」 部屋の隅で、床につけた頭だけで体を支え一点倒立しているガイが、「予備は持っているぞ」 嬉しそうに言った。上下逆さまになったままで、ベストの内側へと手を入れる。「やっとその気になったか」
「困ります」 カカシの向い側に座るハヤテが心底、困ったように言う。
少し離れた席のイビキがぼそりとつぶやくのが聞こえる。「何事も、適材適所、程度ものだ」
小さな手鏡で髪のハネ具合をチェックしながら、ゲンマが言った。「セットが乱れないように、毎日苦労するよ」
「吸湿性に通気性、それに速乾性にもすぐれているぞ」
「このヒゲ顔が、女のハートをトキメかせるんだぜ」
「中毒患者が多いそうです」
「大根のヒゲ根が、伸び放題だと困っているのを聞いた」
「着脱可能な毛髪って、高いのか」
「血管が切れそうだったぞ」
「カビも生えやすいです」
「色は何だ」
「いまどき誰も食わねえよ、そんなの」
「足が痒いぞ」
「生まれた時はツルツルの時も、ほんのちょっとだけモシャモシャしている時も」
「バイ菌も繁殖しやすいです」
「可能な限り、全力ダッシュだ」
「花が咲きそう」
「すべって転んだ人がいると聞く」
「オカナが痛いです」
「お前だって生まれた時は生えてねえモンが気付いたら生えてたって所もあるだろが」
「俺の様に頭から丸坊主にしてしまえ」
「オフロに入って清潔第一です」
「生まれた時にはツルツルだから、モジャモジャも良いという考え方もありかな」
「あっ!蚊に噛まれてる!」
「耳鳴りがするような気が」
「どうせ濡れるから、風呂入ってねえよ」
「そんなのでモテたら苦労し〜ない」
「おお、誰が最初に着るのだ?」
「除湿機を買ってもらえませんか」
「いつも鼻歌を歌っている人って誰だっけ」
「バリカンを貸してやる」
「暑くなど、ないぞ。寒くもない。年中快適だ」
「生まれた時にはピカピカで、今はザラザラ。それ、なぞなぞですか」
「うっとおしいのには違いないよ」
「攻めまくれ!それしかないぞ!」
「ちょっと待て」 柱を手で叩くと、アスマは顎ヒゲに触れた。
「お前らは誰と何の話をしている」
皆、返事とも思えない言葉を口にした。
「話というか」
「ムシ暑いですから」
「生きてるだけで精一杯」
「ブツクサ言いたいだけだろう」
「いつだって全力疾走だ」
窓から雨の匂いがふき込んできた。風の勢いで窓枠が揺れる。
ハヤテはあわてて、鍵をしめた。窓が風圧で揺れる音が止んだ。
しばらくすると、雨滴が窓ガラスを叩き始めた。ガラスはすぐに、外からホースで水をかけられたように濡れてしまった。
「これで少しは涼しくなるカモ」
「…それにしてもこの暑さ、いつまで続くんだ」
溜息のようなこもった呼吸をそれぞれがする中、全く動じない、良く通る大きな声がする。
「―― だからこの服を」
一同はバラバラに、声のする方を見た。一点倒立のままでガイが、腕組みをしてこちらを見ている。
首から頭のてっぺんへ向かって、汗がしたたり落ちていた。生え際が丸見えになっている髪の毛も、汗でぐっしょり濡れている。
「ガイ、お前…」
「見ただけで、暑苦しいな」
そこにいる全員が、うっとおしそうな顔をする。
「おれは、これ以上ないくらい、爽やかだが?」
皆が何故そんな顔をするのか不思議そうな顔をしながら、ガイは、いつもの倍以上の笑顔をふりまいてみせた。
(終) |