群がる花

 暑さも一段落。涼やかな風が窓から流れてくる頃。
 上忍待機所 午前10時19分。

 カカシとアスマと、そしてゲンマの三人は。各自、好きな場所へと陣取って、ゲンマは遅めの朝食を、アスマは相変わらずタバコをふかし、そしてカカシは任務の報告書を書いていた。
 三人の話題は、昨日、カカシが任務から戻った時、カカシを慕い、後を追いかけてきたという依頼者が里へと無断で侵入しようとして押し問答となり、少々、騒ぎになったという事について、だった。

 話題の中心人物・カカシに、ゲンマはたずねる。
「で、どういう事なんだ、カカシ?」
「俺としては不本意な結果になってしまった任務」
「身辺警護?お手のモノだろ」
「そうだけど、手荒な事しちゃったンだ」
「手荒って一体どういう事だ?」
「犯行予告の時間が過ぎて、俺も他の警護の連中も嘘の予告だったのかと気が緩んだ所を狙われた…ギリギリだったんだ、依頼人は女性だったンだけど、力任せに突き飛ばしちゃった。ホント、一秒遅かったらヤバかった」
「で、どうしたんだ?」
「依頼人、安全な場所へ連れていかれてる時も振り返りながら俺の事じっと見てたけど、まさか里まで付いてくるとは思いもしなかったヨ」

 カカシは説明する。

 依頼人の女性は周りから姫様扱いされ、丁寧に扱われていた。だからこんな手荒な〜突き飛ばされた〜事をされて怒らないかと周りの者は心配した。こんな目にあったのは今回が初めてだったからだ。
 結果、手荒な事をしたカカシに対して恋に落ちた。

「え〜と、手荒な事されて、までは分かるが、そこから恋に落ちたって流れが良く分かんねぇんだが」
 アスマが首をひねった。ゲンマがそれに答える。
「それってつまり、危機的状況を一緒に過ごしたら…って事じゃないか?」
 言われてアスマも理解する。
「映画のラストシーンによくあるやつか」
「つまり、『命が危ない時に助けに来た人間は格好良く見える』そして『一緒に危険を回避したという連帯感』を『恋と勘違い』って事だな」
「一種の疑似恋愛…か。錯覚にも似た」
 苦笑いしながらカカシはつぶやく。
「そ。任務終わって別れ際に、相手の目がハアトになってる事が多々あるのヨ」
「さすがカカシ、モテ男は経験多し、なんだな」
「モテ男…」
 カカシが答えようとすると、そのカカシのセリフにかぶせるようにゲンマは続ける。
「だが、モテ男のオレは、ほとんど女を警護した事はないな」
 改めて考え、不思議そうに首をひねる。カカシは、
「多分ゲンマは男前だから、女性を警護する仕事から外されてるんじゃないの?ほら、相手に惚れられでもしたら仕事に差し支えるし」
「そ、そうか?」
 男前と褒められて、ゲンマは気分がいい。ならばとアスマも一応、聞いてみる。
「じゃあモテ男で、しかも男前のオレは」
「んと、アスマがモテ男かどうか男前かどうかはちょっと突っ込みたい所だけど、まあいいや」
「いいや、とはなんだよ」
「ん〜やっぱりアスマには手を出されたらさ、それこそ面倒な事になるから…」
 カカシに素っ気なく言われ、アスマは言い返す。
「手を出すって何だそれは。相手構わずに手を出しているみたいに言われて心外だぜ」
「一般論だヨ」
「誰が言ってる一般論なんだよ」
 アスマはむくれた。とはいえ理由の如何はともかく、妙齢の女性を警護する仕事の話が少ない事には間違いない。同様のゲンマも肩を落とした。
「惚れられる位の男前ってのは罪なのか」
「いや、さすがにそこまで言ってないンだけど」
 カカシは少し呆れる。
 アスマは、
「…そんなに信用ないのかよ、だけどお前達も知っているようにオレは紳士なんだぜ」
 誇るように胸を張った。
「紳士…ねぇ。それって紳士と言う名の羊の皮を被った狼、だったりして」
 カカシに言われて、アスマはムッとした様子だ。
「そんな風に見られてたとは、重ねて心外だ」
 タバコに火を付けず、机の上でトントンと音を鳴らせた。そして思い当たったように、
「ちょっと待て、女の警護に男前は危険って話だが、だったらカカシ、女の警護にお呼びがかかるお前は、男前じゃないって事なのか?」
「そう言えばそうだな」
 ゲンマはアスマと顔を見合わせ、カカシにたずねた。カカシは、
「あ、違うよ。俺が男前なのは言うまでもないけど、見た通りソフトな印象で異性にガッついてないからネ、だからじゃないかナ」
「ああそうですか」
 裏を返せば、アスマはソフトな印象ではなく、ガッツいていると言われているわけで、なんだか自分ばかり悪く言われてばかりな気がした。まだ火も付けていない真新しいタバコを握り潰す。
 少し言い過ぎたと思ったらしく、カカシは頼りない口調で付け加えた。
「まあね…。分かんないけどさ」

 部屋は静かになり。しばらくしてゲンマが切り出した。
「で、話の続きだ、カカシ」
「うん?」
「『非常事態に命を救った場合、疑似恋愛の対象にされやすい』って」
「ああ、その話か。えっと、ヤバいと思ったら素っ気なくするんだ。けど時既に遅し、その時点でもう惚れられてンだよね、で、里に手紙が来たり」
「手紙か…」
「それも一通じゃない、何通もだよ。最初は控え目な内容だけど、無視を続けていたら、どんどんエスカレートしていくンだ。もう、恋人に宛てて書いてるみたいな、熱いラブな文章なの」
「読んでるのか、それ」
「う〜ん、まあ」
「それで?」
「けどこっちから連絡取る事は絶対にない。仕事が済んだらそれで終わり。だからそのまま。そのうちに向こうも気が変わるのか、あきらめるのか、手紙も来なくなる。で、終わり。けど、たまに」
「たまに?」
「押しかけるようにアポなしで里へと訪ねて来たりする大胆な人がいる。今回みたいにね。たとえ里へ来なくても、探偵みたいな人を寄越したり他の方法で返事が欲しいと連絡してきたりする事もある。それってホント、迷惑」
 カカシはふう、と息を吐く。
 自分に非はないとはいえ、大変そうだなとゲンマは思う。
「一種のストーカーみたいなものか、怖い話だ」
「だよ」
「なら、いっその事、付き合ってみたらどうだ、一種、出会いのキッカケなのかもしれないぞ」
 ゲンマのセリフに対してカカシは、ええーっ、と唇を尖らせる。
「そんなの熱に浮かされたような一時的な感情だよ、続かないヨ」
 それを聞いてそれまで黙っていたアスマが口を開く。
「続かない…って、カカシ、お前、過去に何度か付き合った事がありそうな言い方だな」
「そこはノーコメント」
「お前、詳しく話せ」
「俺も聞きたい」

 カカシを囲み、ゲンマやアスマが騒いでいる時。

「話は聞いていたぞ」
 窓の外からガイが顔を覗かせた。
 カカシはアスマとゲンマ、両人に向かって言った。
「ほら、経験豊富な人が来たよ」
「経験豊富…って、ガイの事か?」
 驚くアスマとゲンマに、カカシは事もなげに言う。
「だって木ノ葉の人命救助率ナンバー10の中に入ってる。美女を助けた事だって数知れず、でしょガイ?」
「確かに救助率はその通りだ」
 軽い身のこなしでヒラリと部屋へ入ってきたガイに対し、アスマもゲンマも興味深々。
「で、どうなんだ、美女。詳しく聞かせろ」
 言われてガイは、う〜むと唸り。その場に立ったままで首をひねる。
「美しさの感じ方は人それぞれだからな。それに美しさだけで人の価値が決まるとは思えぬ。だいたい、おれが美しいと思っても、それが世界基準となるのかは分からぬしな…」
「誰もそんな小難しい事聞いてない。その美女がガイに惚れるような場面があったのかどうかが聞きたいだけだ」

 アスマもゲンマも、ガイの顔をジッと見つめる。

「………」
「ガイ?」
 ガイは何と答えていいのか口ごもっているようだった。何なら代わりに答えてあげてもイイよと、カカシはガイの様子をチラチラとうかがう。
「………」
 依然、ガイは黙ったままだ。言わないつもりなのか、だったら自分が、とカカシは口を開いた。
「あのね〜」
「カカシは黙っていろ」
 言い捨て、ガイは過去の事を思い出しつつ、ゆっくりと話す。
「…そういう種類の話は得意ではないし、直接任務と関わりがないので良く覚えてはおらぬのだが」
 一旦、言葉を切る。そして思い出す様子で、ゆっくりと言葉を続けた。

「…ホレたハレたとか、そういう浮わついた事はなかった……な」
「浮わついた事って、お前」
 と言いながら、アスマとゲンマはやっぱりと思い、顔を見合わせる。
「非常事態の恋愛マジックも、ガイには効かなかったか」
「そう思ってたよ」
 やはりと頷くアスマ達を前に、ガイは、それがどうかしたのか、と言うような顔をした。
「そもそも男前とは、他人に惚れられたからどうこうとか、そういう物差しで計るものではないぞ」
 ガイは自分の発言に酔うように。言葉を続けようとする。
「男前とは確固たる自信に裏付けられた、長年の経験と修業の積み重ねなどから導かれる、いわゆる物真似ではなく自分独自の…」
「だけどほら、ガイは」
 ガイの話が別方向へ行きそうだと察知したカカシは、ガイの言葉を遮るように話す。
「ほら、ガイは、恋愛とはちょっと意味が違うかもしれないけど、慕われる事が良くあるよね」
 この言葉にゲンマはおお、と声を出す。
「慕われるのは惚れられるのと同等じゃないか。聞かせろ、カカシ」
「んとね、ガイは子供に慕われる。とにかく子供ウケが良いのね。熱烈なファンもいるヨ。どこかの国の王子様がガイの事を凄く気に入ったらしくて、常に側にいろと命令したけどガイが断った、そしたら泣いて頼んだって話もあるよね」
 当時の出来事をガイは思い出したようで、鼻を詰まらせる。
「あの時の別れは、さすがに悲しかった、もう泣けて泣けて…」

「子供か」
 それ以上聞かなくてもある程度は予測が付く話だったので、ゲンマはガッカリした。
「子供に好かれるのは悪くはないが、だからといって羨しくもなんともない」
「んじゃあ…そうそう、似た者同士な人にガイは惚れられる事が多いよね」
「何だって?」
 惚れられると聞いてゲンマは色めき立つ。
「ガイは『恋愛はなかった』と言うが、気付いてないかもしれないって事か」
「気付いてないって、そんなのあるわけない…いやまてよ、ガイだったら」
 ありそうな話か。アスマはつぶやいた。タバコに火を付け、灰皿を求めてカカシ達の側から離れる。そんなアスマと違って、ゲンマは興味深々で、カカシに迫る。
「どういう事だ。詳しく話せ」
「えっと…ガイみたいな熱いハートで、多角的に事業展開してる初老紳士、とか、ガイと似たようなテンションで、昼夜関係なく働いても疲れ知らずなアパレル産業事業拡大中の青年実業家、とか、その機動力はガイより凄いかもと思っちゃうような、かなり太めだけど食べる事にかける情熱は誰にも負けないと自負してる気の良い料理人、とか、ガイの情熱とタイマン張るンじゃないのと思っちゃうような力技で、趣味の域を超え、世界各地を飛び回って命がけで刀を集めて周ってる武人とか、それからね〜」

 まだまだ沢山いるとばかりに延々と続きそうなカカシの、しかもゆっくりダラダラとした話に飽きてきたゲンマは、続きはもういい、と手で制止する。
 その話を、ドアの近くでタバコをふかしつつ聞いていたアスマはボソリと言った。
「惚れられるって、相手は男ばかりじゃねぇか、ソレ」

「んん?」
 アスマのつぶやきはガイの耳にも入ったようだった。ガイは誇らしげに言った。
「同性である男に好かれ認められるという事は、至上最高の名誉であり喜びだぞ」
「言いたい事は良く分かるんだが」
 ゲンマは苦笑いする。
「…今は女に好かれるかどうかの話をしているんだぜ、その流れから言えば、何だか微妙だな」
「何が微妙だ」
 微妙と言われてガイはムキになる。
「声を大にして言うぞ」
「分かった分かった」
「いや、その顔は全く分かってないようだぞ。よし、分かるまで何度でも言うぞ」
「もういいよ」
「良くない。お前だって男なら、本能で分かる筈だ!」

 熱情のスイッチが入ってしまったらしいガイは力説を続けている。そんなガイに背を向け、カカシはつぶやいた。
「ホント、びっくりするくらい、ガイは男に好かれる事が多いンだよね」
「あの気性なら分からなくもないが」
「男に好かれるガイ」
「カカシ…一部分だけ切り取って言うなよ」
 カカシの言葉にあきれ顔のゲンマだが、ガイの勢いはまだまだ止まらない。

「おれを好いてくれる奴の事は、おれも同じように好きになるぞ。親愛の情とはそういうものだ、聞いているのか、カカシ!」
「…ハイハイ」
「何度でも言うぞ、おれも彼らが大好きだ!」

 ガイの周辺だけが、とにかく熱い。それにひきかえ、カカシを筆頭にその部屋にいる忍はみな、潮が引くように黙ってしまった。

「男子たるもの、誰かに頼りにされて初めて一人前と認められるというもの。頼りにされ、なおかつ好かれるというのは、なかなかに難しい事だ、それだけに自分以外の誰かと得難い関係を結べるのならば、それは至上稀なる大事であり、心から喜ぶべき事なのだ!」

 思っていた事をとりあえず吐き出したらしく、ガイは静かになる。静まり返った中、カカシがひとり、つぶやいた。
「つまり…ガイは男が好き」
「だからカカシ、紛らわしいから」
「ガイは男に好かれるし、しかもガイも男が好き」
「まとめるなよ」
「どこも間違ってないでしょ」
 平然と言ってのけるカカシにゲンマは苦笑する。

「んむ?非常事態の話だったな。そういえば」
 演説並の力説で、少し熱も冷めたらしい。しばし沈黙していたガイは、そういえば、と思い出したように言った。
「カカシ、非常事態にあるお前を助けた事もあるだろう。しかも、一度とならず何度も」
「だから、それがナニ」
 確かにその通りだが、あえて言う事でもない。けれど得意気に鼻を鳴らしているガイは、
「非常事態に命を救った場合、疑似恋愛の対象にされやすい法則とやらに基づくと、カカシはおれには惚れぬというのがおかしい」

 本気でそう思っているのか。ガイはカカシに向かって、どうなんだ、という顔をする。
「確かにガイには色々と助けて貰ったよね、突き飛ばすなんて助け方は生易しい方で、一度は崖から突き落とされた事もあったね」
「非常事態中の非常事態だ。手段を選んでいる余地などない時がほとんどだった」
「敵に殺られた方が、まだマシなんじゃないかっていう助けられかたをした事もあったよね」

 それは一体どんな事態だったのか。
 けれど平然と、確かにそんな事もあった、と言ってのけるガイに、カカシはこの際だからと文句を言う。
「相手が俺だから何とかやり過ごしているけど、普通の忍だったら命がいくつあっても足りない、ホントお前は手荒過ぎだよ」
「そうかもしれぬ。だが、一般人、特に女性に対しては、手荒な手段を取らないようにしている。おれも、その点は考慮しているのだが」
「だったら、俺にもそういう配慮してよね」
「む?」
 ガイは、何故、カカシにそんな事をしなくてはいけないのか、お前は女ではないだろう、と言わんばかりの顔を返す。けれどカカシも負けていない。
「それこそ大人の気配りってものだよ」
「だが、そこまで配慮した場合、万が一にでも『非常事態に疑似恋愛の法則』が発動して、お前がおれに惚れたりするかもしれぬ」
「ガイに惚れるなんて…俺が? そんな事あるわけ無い!」
「絶対無いと言い切れるのか、カカシ」
「お前が相手だったら、絶対、無い!」
「おれは別に構わぬが?ただ、そうなった場合、おれはどう対処すれば良いか分からぬが」
「そんなの絶対に無いから、心配しなくてイイ!」
 プイ、とカカシは横を向く。
 そうか、それは良かった、と、ガイも口を閉じてしまった。
 とはいえ、そんな二人のケンカとも言えない、たわいのない会話は日常茶飯事で、特に珍しい事ではない。
 カカシはあくびをひとつすると眠そうな顔をした。ガイも別段いつもと変わらない様子で、亀の様子を見る為に、バナナを手に、中央に置いてある水槽へと向かった。

 ガイに浮ついた話を期待したのが間違いだったと、ゲンマは席を立つ。
 入口近くの灰皿のある場所で、アスマは2本目のタバコに火を付けていた。ゲンマはその横を通りながらつぶやいた。
「ああ、だけど、ひとりでも好いてくれる奴がいるお前はいいよな」
 俺は未来にいる誰かと出会う為、今日も前向きに生きるのさ…と寂しくつぶやくゲンマに、アスマは言い返そうとした。けれど、ゲンマはアスマの言葉を待たずに、部屋を出て行ってしまった。

 ゲンマと入れ替わるようにして。郵便物を管理している忍が部屋へ入って来た。多量の手紙が入った箱を抱えている。ガイが在室しているのを知った上で、ここへ来たようだった。半ば怒った様子である。
「ガイ上忍、何度言ったら引き取りに来られるつもりですか!」
 小さく千切ったバナナに群がる亀を眺めていたガイは、郵便忍の剣幕に、何事かと顔を上げた。
「んむ?」
「こんなに溜まって、うちではもう保管しきれません」
 抱えてきた大きな箱を、見せる。

 ガイ宛の郵便物は、郵便局に留め置きされたまま引き取られず、ずっとそのままになっていたのだ。
 任務で留守にする事が多い忍は、ガイの様に、自宅に配達させず、局に郵便物を取り置いて貰っている者も多い。配達された郵便物を、留守中に盗まれるとも限らないからだ。

「引き取りに来て下さいと何度言ってもだめなので、持ってきました!」
 大きな箱を机の上に置いて、郵便忍は出て行った。

 ガイは、仕事に関する重要な通信物全て、庶務を取り扱う事務忍のいる部署に送るように言ってある。里以外の友人などからの手紙も同様だった。
 なので、郵便局に留め置かれているものは全て、連絡先を教えていない相手からのもの、となる。連絡先を教えていない、つまり、それほど親しい間柄ではないという事になる。ガイはそういう人から来た郵便物に対して、全く興味を持たなかった。というより、そういう郵便物に対して、どうしてよいのか分からなかったと言った方が良いかもしれない。

 今も、箱いっぱいの手紙は、放置されたままだ。
 タバコを吸い終えたアスマが、席へ戻ってきた。郵便忍が置いていった箱に興味を示し、中から手紙を1通、つまみ上げる。
 桃色の封筒に花びらが舞っているもので、差出人は女性と分かる。
 表書きには、木ノ葉の里 ガイ様、と綺麗な文字が踊っていた。アスマは手紙をひっくり返して差出人が誰なのかを見る。
 そこには、火の国だけでなく、他国でも活躍している事で良く知られている女優の名前が書いてあった。
 本物なのか、同姓同名の別人か、と、アスマは疑いつつ、箱からまた別の封筒を取り出してみた。水色で光沢がある紙で出来た封筒で、そこには、芸能界を騒がせているスーパーモデルの名があった。
 続けて何通か取り出してみるが、TVで良く見掛けるタレントの名だったり、学識経験者である女性の名や、胸がやけに大きい少女や、夜のニュース番組で人気のキャスターや、一部のマニアに話題のお天気お姉さんの名前があった。中には、ひとりで何通も書いている者もいた。
 それらの手紙の差出人は全て、世間の誰もが認める「美女たち」だった。

 アスマはガイに向かって声をかけ、手紙を差し示した。
「これって、過去に仕事で関わった女からのものか?」
 手紙の裏の差出人のうちの幾人かの名前を告げると、ガイは首をひねる。
「多分そうだろうな。だが、お前らが騒ぐような美人かどうかとか、仕事をする時には関係ない話だからな。顔は個別に認識する為にあるもので、任務が終わればすぐに忘れてしまう」
「手紙は、読まないのか」
「読まぬ」
 ガイは、それらの手紙には全く関心がないようだったが、他人宛ての手紙を読むほど悪趣味ではないアスマは、箱から出した手紙を元へと戻した。
 カカシは呆れた様子で口を出す。
「ヤダヤダ。せめて読む位したらイイのに。出してくれた人に失礼じゃん」
「だが、ひとつ読めば、全部読まねばならぬ。読んだら返事を書かねばと思うではないか。けれど、おれはそういう事は苦手で、一体どう書いたら良いのか分からぬからな。なので出してくれた者には大変申し訳ないと思うのだが…おれは忙しくて手紙は読めないから、出さないでくれと言っているのだが…」
 困った様に頭をかき、ガイは水槽にいる亀に「本当に困るのだ…」などと話かけていた。けれど亀としても、そんな事を言われても困るらしく、黙ってバナナを食べていた。とはいえ、この水槽にいる亀は話さない亀ばかりだったので、こことは別の場所にいる、ガイより長く生きている亀たちならば、ガイに対して何か助言を与えてくれたかもしれなかった。

「…困る…」
 そうつぶやくガイに、カカシは「ふーん」と言ったきり、もう目の前の手紙には興味を無くしたようだった。
 アスマは、何故、ガイにこれほど沢山の手紙が届いているのか、その点が気になるのだった。恋に落ちる法則とやらは、発動しているのか違うのか。
 それは手紙を読めば分かるのだろう。けれど、受け取り人でもないアスマが勝手に読むわけにもいかない。

 相変わらず、手紙の箱はそのまま放置されている。ガイも読まないつもりのようだ。
 元はといえば、カカシを追って来た依頼人についての話だったが、それと同様に、ガイを追って里までやって来る依頼人もいるのだろうか。いや、表だって知られていないだけで、もう既にやって来ているのだろうか。

 とりあえず、今分かっているのは。ガイ宛ての手紙の中身は、誰も知らないという事だった。

(終)

2009.10.19


ガイ先生がボディガード。
間近でガイ先生を見て、それこそ熱くガードして貰ったならば100パーセントの確率でガイ先生に惚れてしまうと思うのですが、世界は広いので、ガイ先生に惚れる、そんな人ばかりではなくて、中には嫌な思いをする人もいるかもです。熱血が嫌いという人もいるかも。

しかも、アスマやゲンマは良い風に勘違いしているみたいですが、ガイ先生に来ている沢山の手紙は、惚れたとかいう内容のものではなくて、抗議文というか苦情が書いてあるかもしれないですよ(笑)

とはいえ、直接、苦情の手紙を書くなんて余程の事。普通なら里の方へ言いますからね。
けど、人命救助率ナンバー10に入る(カカシ談)そうなので、さほど苦情があるとは思えない。難がある人に同じような仕事はさせない筈だし…。

だけどガイ先生、山のような手紙が苦情ばかりだったら…。試しに1・2通、読んでみても良くないですかね?とか。
何やら、謎を残した終わり方にしてしまいました。


                                 ( 2009.10.19 )