リヤカーを引く、男。
上忍待機所午後6時14分。
「あれは、何だ?」
口に咥えた千本を落としそうになり。ゲンマはあわてた。
その声の大きさにつられて。机に向っていたイビキとアスマは、顔を上げる。
「おおい、見てみろよ」
声に導かれるように。窓辺に腰かけるようにしているゲンマの元へ。
のろのろと2人は近寄った。
「何だ」
ゲンマの示す親指の先。眼下に広がる大通り。
人が行き交うその中を。
大きなリヤカーが、ゆるやかなスピードで移動してゆく。
リヤカーを引くガイ。後ろから押している、ネジとリー。
「あいつ、何やってるんだ」
旗のごとく振り回されるクマのぬいぐるみ。女の子特有の、かわいらしい声。
「押して〜押して〜引いて〜引いて〜」
運ばれる木箱の上に腰を下ろしたテンテンが、叱咤激励、ハッパを
かけているのが聞こえる。
側面を鮮やかな色彩で塗られた木箱。リヤカーからはみだしそうに
載せられているそれは、暮れてゆく冬の街の中で遠目にも目立つ。
「何を運んでるんだ」
上忍自ら運ばなくても。下忍に任せておけばよさそうなものだ。
イビキの不審そうな言葉に。
「背中にくっついているものは、何だ?」
目を凝らし、アスマは見る。ガイの背に負われるよう、
ひものようなものでくくりつけられた、巨大な物体。
「ウサギのぬいぐるみじゃないか、しかも、真っ赤だ」
リヤカーを引く度、ウサギの耳も揺れる。赤くふわふわした手足も、
上下に揺れた。
「何で、あんなものを」
3人は首をひねる。そういう趣味があるとは知らなかったと言いたげに。
「似合わねえな」
そのイビキの一言で、話は終わる筈が。
「…お、ハヤテが近寄ったぜ」
口元に手をやるしぐさが、見て取れる。反対側の道の端を歩いていたのに
何故かフラフラと、引き寄せられるかのようだ。
「何か、話してるな」
「聞いてるんじゃないのか、理由」
「ウサギのか?」
つきあいきれぬと言いたげに、その場を離れるイビキ。
「…箱の中味とか」
腕組みして凝視する2人。
「箱から何か、取り出したぞ」
人の頭ほどの大きさの茶色と水色、2個のむくむくとした物体。
クマの形のソレを押しつけられ、ハヤテは大げさに手と顔を振っている。
もちろん断りのサイン。けれどガイは、容赦無い。
ハヤテの両腕を持ち、むりやり抱えさせ。ハヤテの肩を2度ほど叩く。
そして再び、リヤカーを引いてゆく。体をななめにし、力いっぱい
後ろから押す、ネジとリー。
「押して〜引いて〜」の声が遠ざかってゆく。
その場にとり残されるハヤテ。茶色と水色を抱いたまま。呆然と見送る。
「だからって何で、背負ってるんだ、赤ウサギ」
「入りきらなかったんじゃないのか」
それともやはり、趣味なのか。つぶやくゲンマ。
ハヤテがとぼとぼと歩いてくる。声をかけて呼び止めて。
上がって来いと人差し指で合図する。アスマが煙草を一本吹かす間に。
咳込む音が近付いてきた。
「来た来た」
扉が開く。クマを両腕で抱えたハヤテは困り顔。
片手に1コずつ持つと。
「あげます」
アスマの方へ向けた。もう1つはゲンマの方へ。
「いらないよ」
「右に同じ」
アッサリと断られ、行き場を亡くした2つのクマを机の上へ置くと、
前のイスへと小さく座るハヤテに。
見下ろしながらアスマは聞く。
「…で、何だ?」
「何の事です」
指先でクマの手を上下させながら返答する。
「あの行列」
リヤカーの。口に咥えた千本で外を指す。
ゲンマもハヤテを見下ろした。
「施設へ持っていくそうです」
親を亡くした忍の引き取り手のない幼な子。
集めて世話をしている館の場所はこのすぐ先だ。
「家に突然、届いたそうです」
頼んでもいない大量のクマやらウサギやら。飾る趣味を持たず、
置き場所に困り果て。
「背中のウサギは、着ぐるみだそうです。着用者が背負ってないと、
その効力をは発揮しないとかなんとか」
何の効力なのか。首をかしげ、考えるゲンマ。
「…だって恥ずかしいでしょ〜よ」
その言葉の先には。眠そうな目をしているカカシ。
「お前、何か知っているな」
視線を送るアスマ。
「一枚、かんでるんじゃないのか、カカシ」
口元をニヤリとさせるゲンマ。言われてカカシは本で顔を隠し。
ぼそぼそと話し始める。
「ある日、チームのみんなと忍務へ行って依頼主を大満足させた
忍者がいました」
まるで子供のような物の言い方に、イビキが眉をひそめた。
「…帰りに、お礼だと大きな箱と小さな箱、両方をおみやげに
もらったのです。なんとそこは、ぬいぐるみ工場でした」
肩をすくめるアスマ。
「それって、さっきのアレか。何故ガイの所へ?」
「里の施設の住所が分からなかったので、その忍者はとりあえず、
知っている住所を書いて、そこへ送ってもらうことにしたのです」
「迷惑な話だ」 口をとがらせるゲンマ。
「わざとじゃないのか」と、アスマ。
「何故自分の住所じゃないんですか?」 不思議そうなハヤテ。
「…家に、大きくてカラフルな箱が届くのが、その忍者は嫌だったのです」
「単に、めんどうくさかったのか?また施設へ持っていくのが」
あーあと、ため息のアスマ。
「その忍者はとても、おくゆかしい気持の持ち主でした。子供達に自分から
プレゼントするのは、照れるなあと思ったのです」
「気持ちは分かります」 と、うなずくハヤテ。
「家から送り直せばいい。自分で持っていく事はない」 と、イビキ。
「…季節はちょうどクリスマスの時期です。だったら直接サンタさんから
配っていただくのがよいかなあと、その忍者は思いました」
「゛その忍者その忍者゛って、お前、自分の事だろカカシ」
アスマの声にも動じずに、カカシは続ける。
「小さい箱の中には、大きな赤のウサギのぬいぐるみが入っていました」
「小さい箱に大きいウサギって、矛盾してます」
小さくハヤテは言って。目の前の水色と茶色を、交互にかまう。
「実はそのウサギ姿は仮のもので、実はな〜んと、サ〜ンタ〜クロ〜ス〜の
衣装に大・変・身〜♪」
抑揚無しに、淡々と話すカカシ。
「なんだか怪しいな」
「お前、もらったんじゃなくて、買ってこいと火影様にでも、頼まれたんじゃないのか」
視線を合わせる、ゲンマとアスマ。
「怪しいぜ。話が出来すぎだ」
「そうだな」
「さっき言ってた゛背負ってないと効かない゛とかいうのも、お前の
お遊びじゃないのか?」
「信じるガイもガイだけどな、まあ、あいつはしょうがねえ。素直に間に受けて、
背負ってるんだろうけどよ」
怪しいなあ。そろって、カカシを見る。
「ホ・ン・ト・ウ・デ・ス」
一語一語切るように言うカカシ。視線は合わせない。
「どっちでもいいけどな。それじゃあ、ガイが、サンタクロース役って訳か」
確かに、緑の服に赤のサンタの衣装は、果てしなくクリスマスっぽくはあるけれど。
「アスマも配りたいなら、追いかけて行けば?」
カカシは顔を隠していた本を閉じると、あいかわらずの呑気声で返答する。
「そんな訳ねえだろ」
横座りのイスの背に片腕を乗せ。首を振る。
「でも、あの。サンタクロースというよりは」
あいかわらずクマの両手を持ち上下させてハヤテは。小さく言った。
「……トナカイみたいです」
リヤカーを引く姿。確かに位置的には、トナカイの場所だ。
カカシとイビキ以外の者は、それがなんだかおかしくて、笑った。
「けど、トナカイでもサンタでも、あいつには何だか似合ってるぜ」
子供達に囲まれてぬいぐるみを配っているガイの姿。
その場の者は、もし自分がその立場ならと想像し。
「…照れるでしょう?恥ずかしいでしょう?」
笑って立ち上がるカカシ。
「人を見てものごとを頼めって、言うでしょ〜よ」
窓際に立ち、暗くなった空を見上げる。少しだけ窓を開けた。
「雪、降らないかなあ」
冷たい風がひゅうと入り込んで、部屋をかけまわった。
それだけでハヤテは身を震わせる。
全員が、窓の外を見た。
もうすぐクリスマスだ。その文字を耳にするだけで、なんだか心が、穏やかな
気持ちになる。
けれど実際、ここ何年も、お正月・クリスマスを始めとする日に、休みが
取れたことがない。
任務の依頼はひっきりなしだ。どちらかというと、イベント日の方が依頼は多い。
それぞれ皆、やりたいことを頭に思い浮かべはするものの、それが叶うのは
いつも決まって、時期外れなのだ。
ムードもなにも、ないに等しい。
部屋中に、なんだかわびしい空気が流れた。
「おっと、これから仕事が入っていた」
時計を見て、急ぎ立ち上がるアスマ。
「忍務先でキレイなお姉さんをもらったら、ゼヒ俺の所へ送ってくれよ」
出てゆくアスマの背中へと、声をかけるゲンマ。
「骨も残さず俺が食う」
声だけ残し、アスマが去り。
「せっかくクリスマス気分になっていたっていうのに」
不満気なカカシ。
「下世話なコトだ」
そうでしょ?とハヤテの方を見る。
「あーあ。今年も忍務でクリスマスどころじゃないよ。プレゼントだけでも、
せめてその当日に、あげたり貰ったりしたいよ」
口をとがらせる。
いくつになってもプレゼントをもらうのは、嬉しいし、楽しい。
だよね?という顔のカカシに。
「じゃあ、ちょっと早いですけど、コレを」
ハヤテが差し出す水色のクマを。カカシは泣きそうな顔で受け取った。
(終) |