信じるものは…
木ノ葉の里上忍待機所。午前10時26分。
「昨日女に言われたんだ」
来る早々。アスマの隣でゲンマが言う。
「『アナタの女神になってあげるわ』って」
口調までマネしているのか。少し身体をクネクネさせているゲンマ。
「武運を祈ってくれるって訳か」
感心な女だなとアスマ。
古風な女は好みのタイプだ。
「どういう意味かは分からない」
唇にはさんだ長めの楊枝。指でつまんで口から離す。
「何だ、ただのノロケか。馬鹿らしい」
火のついていない煙草を口に咥えたまま。
「そうじゃなくて」
「じゃ何だ」
楊枝を指先で、もて遊びながら言う。
「女神ってのは神様だろう?今時そんな不確かなものを信じる奴がいる事に、俺は驚いたね」
「…ゲンマ、本当にそいつは女だったのか。年若く見えた婆ァじゃねえのか」
「ピッチピチの10代だぜ。肌だって水をはじいてたし」
指先で腕を撫でる。
「ふうん、水をはじいてたのか」
ヒゲに手をやり。ニヤニヤ笑う。
「変な所に感心するなよアスマ」
「今時じゃなくても、いるぜ神頼み」
アスマは奥の席へと視線を送る。
「あのコンビは信心深そうだ。特にガイ」
バーベル上げに熱中しているガイ。
イチャイチャバイオレンスを手に。口元がだらしなく開いているカカシ。
静と動の変な組みあわせ。
「なんでバーベル上げてるんだ。こんなとこで」
「新商品のお試しらしいぜ。業者がここへ持ってきた。
あれこれ触っては使用感を書いている」
さっきアスマは一緒にどうだと誘われたが、そっけなく断ってやったのだ。
「モニターか?それとも仕事か」
興味は無いが、とりあえず聞く。
「仕事じゃなさそうだぜ、ありゃ趣味だ」
自分を見ている2人に気付き、歯を見せナイスなスマイルを得意気にするガイ。
2人は慌てて視線を外す。
「いつもの事だが、ご機嫌だな奴は」
「あいつは神様なんて信じてないだろ」
楊枝で宙に文字を書く。
「自分が神を名乗る勢いだ」
「だけど手を合わせて祈っているのを、見た事があるぜ」
「それは、自分の神様に祈ってるんだろ」
「自分の?」
不思議そうにアスマ。
ガイとは付き合いが長いが、初耳な話だ。
「青春とか熱血を信じる奴だけに見える、熱い神サマだ」
「そんなのに祈ってたら、早死にしそうだ」
命を永らえてくれるよりも、命を取られてしまいそうな恐い神サマみたいだ。
「早死にして、やっと普通の奴と同じ位の年令で死ねる。そうじゃなきゃ熱いパワー全開で、殺しても死にそうにないぜ」
ほら見てみろと言う風に、ゲンマはあごでガイの姿を指す。
見本のバーベルは軽すぎるのか、ガイは片手に数個ずつ持ち、目にも止まらぬ速さで上下運動させている。
かけ声なのか気合なのか不明瞭な声を出し、息を荒くし。
読書に集中出来ないカカシが、迷惑そうな顔だ。
少し邪魔してやろうと思ったのか、声をかけている。
「ねえ、それってひとつひとつは軽いわけ?」
バーベルの1つを指差し、ガイに訊ねる。
持ってみろと1つ渡されて。
ガイが人差し指と親指でつまんでよこしたのを、カカシも同じ様に真似て。
2本の指で受け取った。
大きな音がする。
カカシの手から落ちたその物体は机にめり込んで、傷をつけた。
「…すべっちゃったよ」
言い訳するカカシ。
本当は思っていたよりも重かった。
「ウソつけ。お前、筋力落ちてるだろう」
言ってガイは、そうだと呟く。
「今日こそバーベル上げ合戦だ、カカシ」
「嫌〜だ」
知らんぷりでイスに座り。本を開く。
「今回はおれが種目を決める番だ。決まりだ、バーベルだぁあ!」
言い争ってるのか仲が良いのか。
2人の押し問答を見ながらゲンマは肩をすくめた。
「…ま、あの2人は置いておくとして」
アスマは同意するように大きく頷く。
「神を信じるにしろ信じないにしろ、女神ってのはつまりは、女だ」
「それだけは確かだな」
今度はゲンマが頷いた。
「俺が思うに、その女ってのは美人な訳だ」
「どうしてそう、言い切れる」
「決まってるんだ。美人で長身。髪が長くて色白だ。色気があるのに可愛いんだぜ」
ゲンマは唸る。それって誰の事を言ってるんだろう。
アスマの本命って誰なんだ?長身で髪が長くて色白。紅の事か?
色気はあるけど、俺にはあれは、可愛いとは言えないな。
美人なのは認めるけれど。あれがアスマには可愛く写るんだ。
ゲンマは妙に納得し、アスマを見た。
「…まあ、人それぞれだ勝手にイメージしろ」
「よし」
ゲンマの返事はそっけない。
意中の女の特徴を言わないゲンマにアスマはがっかりな気持ちを隠せない。
俺は正確に描写してやったのに。
アスマはひと息入れ。気を取り直す。
「その女、つまり女神だな、そいつを泣かしたりすると、制裁が下るって事だ。だから大事にしろって訳だ」
「神に背くと、バチが当たるって訳か」
ゲンマは頭を左右に振った。
いただけねえ話だ、恐い恐い。
「女を大事にしない男に、女神は微笑みはくれないぜ」
曲がった煙草を灰皿へと置き。
「粗末に扱うと、大変な事になりそうだ」
「いざって時に寝首、かかれるぜ」
「される心当たりがあるのか」
アスマはうーんと黙り込み。かなりの時間考える。
「…ま、過去の話だ」
深く触れないで欲しいアスマだ。
「…あいつら2人はどうだよ」
ゲンマは楊枝で差しながら、
カカシとガイを囲むように円を描く。
本を取り上げられ、代わりにバーベルを持たされて。
その重さに耐えかね、座り込むカカシ。
横でバーベルをブンブン振り回し、上機嫌なガイ。
「付き合ってる奴って。いるのか、そんな物好き」
ゲンマはガイを指差し。
「ガイは女が好きだぜ。すれ違うたび恋をしている。
足がいいとか髪がいいとか。うるさい。とにかく惚れっぽい」
「熱しやすいって事か」
「本気出していた頃もあったな。昔の話だ。それからは口先でお気軽に惚れたと言うけど、今は、特定の奴はいない」
ふーんと気の無い返事のゲンマ。
「よく知ってるな、アスマは保護者か」
「歳も近いしなあ」
ふーんと、これまた興味の無い返事をするゲンマ。
「奥手なのか、あの熱血」
ゲンマの視線の先でガイ。カカシに何本もバーベルを持たせている。
「というより、純情系路線だ」
ボーリングの球の様に、床へとバーベルを転がすカカシ。
走って追いかけるガイ。
「女神と共に、今時流行らないだろ?」
ありったけのバーベルを、四方八方へと転がし始めるカカシ。
「存在自体が流行らないぜ、あれは」
ガイはカカシを引きずって部屋の隅へと連れてゆく。
バーベルの代わりにカカシの体を片手で支え。
重さを感じない様子で、バーベル代わりに簡単に上げ下げし始める。
空いている片方の手は腰に当て。当然の様に腰はくねり気味だ。
「下ろせ〜ガイ〜!」
カカシは体をカクカクさせ、声も震え気味。
ガイに乱暴に扱われ、息も絶え絶えだ。
「おれの勝ちだ!まいったかカカシ!」
どうやら対戦は、する前から分かっていたようだが、ガイの勝利。
アスマとゲンマに向ってナイスなポーズを決めるガイ。
あいまいな笑いで相手をする大人の2人。
「ところで、カカシの女の話は聞いた事があるか」
ゲンマの口元を、アスマは慌ててふさぐ。
「恐ろしい事を言うなよ」
アスマは誰も聞いていないかどうか、周りに気を配る。
「何だ」
「写輪眼持ちだぜ。相手の記憶飛ばしてるんだ」
小さな声のアスマ。
「犯罪だろ、それ」
合わせるようにゲンマの声も小さくなる。
「浮いた噂が全く無いのが証拠だ」
「本当か」
ゲンマの声が一段と小さくなる。
アスマと額が付く距離まで近付く。
「欲しいな、写輪眼」
いろいろと使用法を考え付いたゲンマの目が光る。
それを見て、アスマは。
「…お前、信じたのか」
軽く笑う。
「毎回仕事以外にもあの目を使っていては、体がバテバテで、カカシは忍務が出来ないぜ」
ゲンマは舌打ちし。
アスマの胸を手のひらで突き離す。
「バカバカしい」
「ゲンマはガイより単純じゃないのか」
ガイと比べられ、不服そうなゲンマだ。
「それで本当の所は?」
身を乗り出し興味津々。
ガイの事を聞いた時とは全く異なる反応だ。天と地程の差が、態度にも現われる。
アスマは唸って。ゲンマとカカシを交互に見る。
どういうつもりで聞いているのか、真意を測りかねた。
こいつもカカシを狙っているのか。
けれど本心は明かさないだろう。ゲンマもバカじゃない。
そもそも噂に聞くカカシの相手は、男ばかりだ。真偽の程はわからないが。
だから俺も、ちょっと味見してみたかったりする訳だ。もしかしてゲンマもそうなのか。
またまたアスマは唸った。
「…カカシは男だぜ、ゲンマ。大事にするなら女に限るぜ」
アスマは答えにならない事を言う。
女を大事にする男にツキを呼ぶ勝利の女神。
では、男を大事にする男にも勝利の女神はツキを呼ぶのか。
女神は女だ。
男とつき合う男には、嫉妬を感じてよからぬ悪さをしそうで恐い。
けれど禁じられ、してはならぬと言われるものほど、
その扉を開けてみたくなるのが、人の心の天邪鬼な性質。
アスマとゲンマは視線の先の、カカシを捉えた。
部屋の隅では例の2人が。勝負を終えて言い争い中。
バーベル合戦に異論を唱えるカカシ。
ガイはバーベルを上げ下げしながら。気合を入れかけ声を出し、カカシを威嚇するようだ。
「道具使うのなんて、反則だよ」
だから勝負はノーゲームだと言いはるカカシ。
「昔、忍犬使ってズルしたの誰だ」
つばを飛ばし真剣なガイ。
「犬は忍具の一種だよ。ズルじゃないよ」
すました顔で言ってのける。
「バーベルだって」
口を尖らせ言うガイに、
「そんな忍具、教科書に載ってないし。第一持ち運びに不便でしょう」
「口寄せするのだ」
負けず嫌いのガイ。
無理なのは分かっている。
あきれるカカシ。
「口寄せって、生き物じゃないし」
「わかった。じゃあ忍務で使えば忍具と認めるな!」
言うと、オレンジのレッグウォーマーをずらした。足首に巻かれた重りを外す。
手持ちの包帯でバーベルを固定し。
「さあ、これで文句無いなカカシ」
勝ち誇った声。
「文句無い」満足そうなカカシの笑み。
そう言い切るカカシの神経に。ゲンマは言葉を失う。
文句ないって、そりゃないだろ。
小さめのものとはいえ、両足首に包帯でぐるぐる巻きのバーベル。
その格好のまま室内で、蹴りの練習をしているガイ。調子は良さそうだ。
…が、その神経もゲンマには理解不能だ。
「あの2人、変な間柄だな」
「ガイには、熱い神サマがついているんだろ?だからあれでも大丈夫だろうよ」
「熱い…何だって?」
「ゲンマ、お前が言ったんだぜ」
「冗談に決まっているだろうが」
ゲンマのしのび笑いを聞き、とたんに不機嫌になる。髭をしきりと触るアスマ。
「言ってやらないのか、あの格好は変だと」
「そのうちカカシが止める」
無愛想にアスマ。
「止めるのか?」
「そういう仲だ」
首をひねるゲンマ。
数日後の演習場。
時間前に来て、独り走っている教師。
そこへやって来た教師のミニチュア版スタイル仕様の下忍。
「先生、その足元は、何です?」
敬愛する師の足元の変化にいち早く気付き、訊ねる弟子。
「おう、リー!新しい忍具を試作中だ」
教師の足元には例のバーベルが、いまだに装着中。
「僕も、いいですか先生」
弟子は教師の全てを真似し、彼が立つ位置に早く自分も辿り着きたいと願う。
「いいぞ、リー!」
豪快に笑う、屈託の無い笑顔。
彼らならば。
女神に頼らず、信じるものは己自身と豪語するに違いない。
「では走るぞ!リー!」
足元に何を付けていようとも、教師の足は軽やかに舞う。
(終) |