トータルコーディネイト
ここ数日間続いている長雨に、いつになればやむのかとうんざりしているカカシ・アスマ・ゲンマの三人は、さほど広くもない部屋にいて、席をあちこちに陣取り、何をするでもなく、気怠そうに時を過ごしていた。
上忍待機所。2時56分。
カカシは机に右頬を載せ、とろんとした目付きをしていた。その目は、今にも眠ってしまいそうに見えるけれど、見た目ほど眠くないのか、いつまでたっても眠りに付く気配はなく、ただどこでもない宙を見つめ続けている。
熟睡していた昼寝から起きて、大きく伸びをしたゲンマは、窓際に立って外を見ているアスマに気付き、声をかけた。
「窓越しに、さっきから何を見てるんだ?」
「雨の中を走っている馬鹿がいる、見ていて飽きない。こっちへ向かって、走って来るようだが」
「誰だか名前を言わなくても分かる。そいつは多分、今、うれしい気分満載なんだろうな」
「あれっ、姿が消えた」
「どこへ行ったんだ、あのおかっぱ」
「…消えたというより、見えなくなったんだ。とにかく、すごい早さで走るからな。時には、目で認識出来なくなる時もある。まだ、そのあたりを走ってるに違いない。雨の日だって事を全く気にしない馬鹿だよ、あいつは」
「馬鹿は外だけじゃなく、部屋の中にもいるぜ。タバコの煙をこっちに向けて吐くなよ、アスマ」
「風下にいるお前が悪いんだ」
いつもの調子で会話を始めた二人の間に、カカシも遅ればせながら、自分のぺースで加わった。
「……じゃあさ、ゲンマが肺ガンにでもなったら、アスマに入院費の請求書を回せばいいヨ」
「カカシ、甘いな。払うもんか、こいつが」
「よく分かってるじゃないか。見舞いに行く位の事は、してやってもいいがな」
「タバコって、吸う事よりも、吐いた空気の方が毒があるのを知らないのか」
「それ知ってる。ええと、なんとか煙」
「そんなの、いちいち気にして吸っちゃいねえよ」
「何より、お前の吐いた空気を吸うかと思えば、その、なんとか煙よりタチが悪い」
「そりゃ悪かったな」
「だからってアスマ、俺の方に向けて煙を吐かないでヨ」
「お前が、そこにいるのが悪いんだ」
「ちょっと待て。何だ、いつの間にか頭が濡れてる。どこかから、雨漏りしてるのか」
「しずくが落ちてきているぞ」
何ごとかと三人が上を見上げる前に、四人目の声が会話に加わった。
「おう!みんな暇なのか、集って楽しそうだな」
声の主、長身の男は、音もなく部屋へと姿を現した。
「濡れネズミがいきなり現れたヨ。しかも天井から」
「おう。とりあえず今日は、屋根から忍び込んでみたのだ。侵入方法は毎日、変えている。これがマイトガイ式、自分ルールだ」
「迷惑だし、意味ねえな」
「こら、ガイ。犬みたいに髪を振るなよ。そこらじゅうに、しずくを落とすな」
「歩きまわって、足跡を付けるなよ」
「やだヨやだヨ、どこもかしこもびしょ濡れじゃないか、ガイ。ただでさえ湿気が多いのに、部屋の中まで湿気を持ち込むなんて、やだヨやだヨ」
「大丈夫だ。おれの服は、即乾性なのだ。あっという間に乾くから心配いらぬ」
「何の心配だよ」
「誰も心配してねえよ」
「額に張り付いた髪も、熱気で乾き始めてるヨ、この人」
「お前たちには、見た目は同じに見えるかもしれないが、今日のおれは、ひと味違うぞ」
「いきなり何を言うのやら」
「どう見ても、いつもと同じに見えるけど」
「同じではないぞ、よく見てみろ!目は緑のコンタクトレンズ。洋服に合わせてトータルコーディネイトだ。なかなかに、お洒落だと思わないか」
「お洒落の基準が人と違う奴のおっしゃる事は、言ってる意味すら理解に苦しむぜ」
「俺は聞く気すら、ない」
「カカシ、何か言ってやれ」
「トータルコーディネイトだったら全身緑にしなきゃ。やるなら徹底しなくちゃだヨ」
「んむ、そうか」
「だヨ」
「やめろカカシ。全身なんて言ったら、こいつ、帽子なんかをかぶって、全身を緑にするとか言い出しかねない」
「カカシ、何を差し出してるんだ」
「ガイが袋を開けてるぞ」
「カカシ、何をくれるのだ、中身は何だ……おう、目出し帽か。しかもおれの好きな緑色」
「やめてくれ」
「カカシ、何で用意周到なんだ」
「好きだからって早速、頭にかぶるなよ」
「ウキウキしてやがる」
「…おう、サイズもジャストフィットだ。かっこいいじゃないか!」
「どこが、かっこいいんだよ」
「そんなのをかっこいいと思うのは、ガイくらいだ」
「おいこら、さりげなく席を立とうとするなよ、カカシ」
「引き止めないでヨ」
「カカシ?どこへ行くのだ」
「…逃げる機会を失ったじゃナイか」
「顔をそむけて、見ないようにしているのか、カカシ、お前がガイにやったんだろう、責任持てよ」
「責任持つ気ナイ」
「どうだ、似合うか」
「こっち向いて、見せないでヨ。記憶しちゃうと、後々困る」
「こんなのを記憶しなくても」
「だが、印象が強いものほど、記憶に残るぜ」
「だヨねだヨね。覚えていたい事は忘れて、忘れたい事の方が鮮明に覚えていたりするから困る」
「みなの記憶に残るほどの、かっこよさか、ふふん」
「……勘違いにも、ほどがあるよ」
「早く脱げよ、ガイ」
「ご機嫌だぜ、脱ぐ気なんて、全くないみたいだ」
「天を仰いで何か考えてるな」
「ブツブツ言い始めたぜ」
「だが、これだとせっかくの…」
「何だ、ガイ」
「これみよがしに、わざとらしく髪を振ってどうした」
「見て分からないのか?実は、髪にも緑の色を入れたのだ」
「…髪にも、緑?」
「だが、帽子をかぶると、せっかくの髪が見えぬ」
「緑を…って染めたって事か」
「どこまで緑が好きなんだよ」
「おれは断ったのだが、任務先のご好意だ。確か、ヘアマニキュアとか、いうのだ」
「ヘアマニキュアって言葉が、こんなに似合わない奴もいるんだな」
「こんな奴の頭に使われるヘアマニキュアも災難だ」
「その依頼者も、相手を選ぶとかしろよ」
「ヤバい、うっかり、ガイがイスに座って、美容師におかっぱ頭をヘアマニキュアされてる姿を思い浮かべてしまった」
「想像力が豊かなのも、考えものだぜ。早く忘れろ」
「奴はきっとワクワクしながらイスに座ってやがる」
「早く忘れろって言ってるんだ」
「あああ、悪夢に近い」
「おい、カカシって冒険者だ。ガイの髪を触っているぜ」
「触っているというよりも、ありゃ引っ張ってるんだ」
「こら、引っ張るな、痛いぞ、カカシ」
「けど、ガイって髪の毛サラサラなのに…サラサラなのに…」
「以前にも増して、よりよくサラサラだぞ、カカシよ」
「ん〜ん…」
「残念そうな顔をしてるな、カカシは」
「ガイの、あのサラサラ髪に憧れを抱いている奴は割といるからな」
「カカシもその一人か」
「知らなかったな。確かにカカシの髪は…」
「サラサラな手触りの髪が、緑になってしまって残念だヨ」
「手触りより、緑に染まったって部分が残念なのか」
「どっちでもいいよ、俺は興味ない」
「カカシよ。マニキュアをすれば、サラサラな髪が、よりサラサラな手触りになると言われたのだ」
「髪、痛まないのカナ」
「マニキュアの溶液は、髪をコートするのだ。それはどちらかといえば、外敵から髪を守る働きをする。髪を痛めるのは、染めた場合だ。染料が髪の中まで入る、だから髪が痛むのだ。結果、ガサガサした手触りになる」
「やけに詳しいな」
「何の任務だったんだ」
「美容室でも始めるつもりなのか」
「一段と得意気なツラしてやがる」
「太い指先を髪の中へとすべらせて、…うわ、似合わねえ」
「気取ってやがる」
「あいつ、自分の姿を鏡で見た事がない、原始人か」
「奴の頭の中では、自分基準のかっこいい姿が浮かんでいるのさ」
「光に透かせば、髪が緑にキラキラと輝くのだぁあ」
「得意気な時に何だが、外は雨だ。光なんて拝めないぜ」
「むむむ、残念」
「だからってさっきの目出し帽を、かぶらなくても」
「だが、カカシがくれた、この帽子を着ると、せっかくの髪が見せられぬ。髪と帽子の両方を生かしたトータルコーディネイトが思い付かず、誠に残念無念」
「ショボンとしてるな、ガイ」
「いい方法があるヨ、一分ごとに脱いだりかぶったりしたらいいヨ。うん。我ながら、いい考えだね」
「また、そんな…いいかげんな事を」
「やりかねないぞ」
「おおう、カカシ!よい解決法を言ってくれたな」
「ほら、満面の笑みを浮かべたよ」
「おい。トータルコーディネイトしたいのなら、いっそのこと、その身を頭の先から足先まで、マントで覆ったらどうだ」
「マントか!!!」
「喜々とした顔になったよ」
「早速、胸元から」
「折り畳んだものを…」
「取り出したな、何だ」
「持っているぞ!マント!常備品だ」
「驚いた事に、レインコート風じゃなく、冬仕様のウール調」
「着たよ。…確かに全身が緑だ。すそがヒラヒラだな」
「見てられねえ」
「カカシ、席を立つな」
「飽きちゃったヨ」
「どうだ、全身が緑。どこから見てもナイスなおれは、かっこいいか?かっこいいよな!」
「勘弁してくれ」
「これ以上ないくらいに笑ってやがる。歯が白すぎだよ」
「うるさいから、高笑いするなって、ガイ」
「ふはは!見えるところは勿論だが、隠れたところにも気を配る、それが真のオシャレなのだ…マントの下には、これまた緑の……」
「演説は勘弁してくれ」
「思うんだが。見えないところより、まず見えるところに気を配るのが常識人ってもんだ、違うのか」
「おれが、いついかなる時にもマントを持参しているその訳は…」
「訳はいいよ」
「パラシュート代わりにもなるのだ、こう、頭の上で左右に広げてだな…」
「もういいから。頼むからその緑のパラシュートで、どこへでも飛んで行ってくれよ」
ゲンマは相手になるのをギブアップしたとみえて、口を開くのをやめた。
いつの間に消えたのか、部屋にはカカシの姿は既に無い。
雨もやんで、雲間から、わずかばかりの陽の光が差し込み始める。
マントを閉じたり広げたり。ご満悦なガイを尻目に、アスマは、吸い殻が山のようになっている灰皿へ、短くなった吸い殻を無理やり押し込んだ。
(終)
2006.9.08 |