ビバ!おフロ!
木ノ葉の里上忍待機所。午後9時26分。
机に置かれた洗面器。囲むようにゲンマとアスマ。
「これって、ガイのだよな」
2人が部屋へ入るのと入れ違いに。走るように出てゆくガイの姿。
他には誰も居ず。
「興味ある訳?」
ゲンマはアスマを見上げ。アスマは洗面器を見下ろし。
「風呂に行くつもりだよな」
「…だろうな」
洗面器にかけてあるタオル。そこに隠された物が気になる2人。
「紅が不思議がっていて」
腕組みのアスマ。
「くの一の連中も知りたがってる」
呟くゲンマ。アスマは腕組みの手を顎へ。
「―具体的に、誰?」
興味あるそぶりのアスマ。
「そんな事より」
話を戻す。
「髪だろ?ガイの」
里でも知らないものは、いない。
あちこちで評判になる程の。
ツヤツヤでサラサラ。天使の輪。
「特殊なものを使っているとは思えんが」
アスマは指先でタオルをつまみ上げ。2人して覗き見しようとした時。
持ち主が帰ってきた。アスマは指を放し。
「お前らも風呂行こう!風呂!」
洗面器を抱える。汗まみれの顔。
買い物をしてきたのか、手にレジ袋を下げている。
「風呂って銭湯か、ガイ」
「大きな風呂は気持ちがいいぞ」
さあ行こうと、有無を言わせぬ口調。
「お前らと一緒に行った事は、最近、ないな」
嬉しそうなガイ。
このままでは。いつまでたっても髪の秘密は謎に包まれたままだ。
今日こそ、この目で確認してやる。
アスマとゲンマは、ガイの後ろをついてゆく。
番台に座るおばちゃんとガイは、仲良しだ。
ほぼ毎日、来ているのだ。
いわば常連さんというやつだ。
ひとしきり世間話をしている間、アスマとゲンマは先に脱衣場へとやってくる。
「長い事来てないぜ」
「ずっと、家の風呂だしな」
服を入れる籐の籠。ロッカーの鍵は未だにゴムひもつき。
そういえば靴入れの鍵はカマボコ板の親分に似た形だった。これも昔のままだ。
「ここだけ歴史が止まってんのか」
アスマは下忍になりたての頃を思い出す。
担当上忍に連れられて、修業終わりによく来たものだ。
風呂上がりにはフルーツ牛乳をおごってもらって飲むのがお約束だった。
昨日の事の様に思い浮かぶ光景。
焼き肉屋もいいが、教え子をここへも連れてこよう。
服を脱ぎながらアスマはそんな事を思ったり。
ゲンマは恥ずかしいのか、しゃがんでコソコソ着替えている。
カラカラと音がしてガラス戸が開く。浴室からの湯気が立った。
カカシの姿。腰にタオルを巻いている。
出てきたカカシに気付いたガイ。おばちゃんと喋るのを止め中へと入る。
「早いな、カカシ」
バスタオルで体を拭いているカカシの横へ来て。洗面器と袋を床に置く。
「遅いよ。のぼせそうだ」
そう言うカカシの頬はピンク色。熱いのか、ふうふう言っている。
「すまんな。買い物に手間取って」
「息止めの競争はまた次に」
「勝負と言え、カカシ」
ガイは素早く裸になると、洗面器を抱え、浴室に向かう。
遅れじと、後を追うゲンマとアスマ。
掛かり湯をして静かに湯舟へと身を沈める。
そんなガイの様子に意外な2人。
「ひゃっほうとか言いながら、飛び込んでるのかと思ってた」
「案外、マナー良いんだ、ガイ」
ひそひそ言っている2人をよそに、ガイは上機嫌だ。
顔に玉のような汗をかき、頬を赤くし。
目を閉じて自分の世界に浸っている。
湯の温度がけっこう熱く、のぼせてきそうなアスマ。
我慢出来ずに出てしまったゲンマ。
カカシは髪にタオルを巻いてイスに座ろうとし。床の袋に気付く。
しゃがみ込んで中を見る。中味の入ったビンが一本。
カカシは浴室へ足を向ける。
ガラス戸から、ひょこっと顔を出し。
手にしたビンをゆらゆら揺らす。
「ガイ、入れもの、どこ?」
「おお、忘れていた」
ガイは湯から上がり。洗面器から空の小さなボトルを手にカカシの所へ。
「おれはビンのままでもいいのだぞ」
「割れたら困るでしょうが」
カカシはビンからボトルへ液体を移し換え。ガイに渡す。
礼を言い。戻ってくるガイ。
入り口に一番近い所に腰を下ろし、頭に湯を掛け。
そこから、少し離れた位置で。アスマとゲンマは体を洗いながら
その視線はガイに釘付けだ。
何を使って髪を洗う?
2人は息を呑む。見つめた先には。
ガイの手が、固形の石鹸を掴む。直接髪へと擦り付け。
次第に泡が立ち、黒い髪が見えなくなってゆく。
「せ、石鹸か」
「今時、珍しいな」
2人は驚き、二の句が継げない。
勢いよく、湯を掛け流すガイ。
何度か湯ですすぐと。先程カカシに渡されたボトルを手にする。
リンスなのか?
ゲンマに耳打ちするアスマ。
ガイの髪は普段とは違って見える。あちこち絡み合って。
モシャモシャだ。
洗面器に3分の1程湯を入れ。ボトルの液体を流し込み。
手で2・3度混ぜ、一気に頭へと流し落とす。そして手櫛で髪を梳いた。
指通りよく流れる髪。
又、湯ですすぎ。終了。
所要時間は、2分弱。
ガイは鼻唄混じりで、体を洗う作業に入り。
アスマはガイの隣へ移動して。気になるボトルを手にする。
「お前も、使うか?」
ガイが声をかけてきた。
長く折ったタオルを背に回し、上下に激しく動かしている。
「これは、何だ」
問うアスマに不審そうな顔のガイ。アスマの表情が変わらないのを見て、得意気に。
「知らんのか」
「何をだ」
「石鹸は、アルカリ性だ」
ガイはタオルを四つ折りにすると、石鹸を押し付け、擦る。
「偏ると、いかん。だから酸性のモノをつけてやるのだ」
「何の事だ」
「洗った後、始末が悪い」
確かに髪は絡まって、原型を止めていなかった。
「アルカリを酸で中和させるのだ。学校で習っただろう、アスマ」
「だからこれは何だと聞いている」
じれったいアスマ。酸だアルカリだと、面倒臭い。
ガイの髪は湯舟の蒸気で半分位は乾き始める。
いつものように、サラサラと流れて。
ガイは足の甲から裏へかけて洗い終え。洗面器に湯を汲み。言った。
「酢だ」
アスマはボトルを取り落としそうになる。
酢だと?酢を頭に振りかけている男なのか、こいつは。
目が点になるとはこういう事だ。アスマは驚きで動けない。
「原液を直接じゃないぞ」
ガイは体の泡を流しながら、教え諭すような口調だ。
「湯で薄めないと、目にしみる」
自分の体験談なのか、ガイは少し苦笑する。
アドバイスのつもりか。一体どこで役立てろと言うんだ。
半ば呆れながら、アスマは恐る恐る訊ねてみる。
「シャンプーは使わないのか、お前」
ガイは即答する。
「成分は同じではないか、石鹸と」
その発言に、迷いは感じられない。さっと立ち上がり。
湯舟へと向かう。
広い浴槽から顔だけ出し、体の回りの湯を掻き回す。
「アスマ、それ、お前にやるぞ」
興味を示したアスマに、ガイなりの好意。
「今日新しく買ったのだ。いくらでも分けてやるぞ」
来る時下げていたレジ袋。その中身が酢のビンだったとは。
それでもゲンマは考える。
髪の毛用の、特殊仕様なものかもしれない。
なので、聞く。
「―その酢って、どんなやつだ?」
ガイは事も無げに。
「食用のだ。ワカメとかキュウリにかけてあるような」
ワカメ。キュウリ。
お前のアタマは食べものかよ。ゲンマはため息をつく。
とてもレディーにお勧め出来ないシロモノだ。話だけでもはばかられる。
キューティクルを維持する高級シャンプーで髪を洗いながら。アスマに言う。
「石鹸一個で頭のてっぺんからつま先までとは、恐れ入る」
「ガイらしいぜ」
「―しかも頭に酢だ」
「臭いがしそうだな」
解きたい秘密。
覗き見たい好奇心。
知ってしまった事実。
やはり秘密は黒いベールに包まれて。謎のままの方が良いらしい。
「だけどあのサラサラ感は捨てがたい」
2人は互いの女の髪を想像し。
手触りのよい、その中へと、
己の顔をうずめている姿を想像し。
「ちょっと悩むな…」
ゲンマは小さく呟いた。
「俺は、嫌だ!」
アスマはきっぱり断言した。
(終) |