* 僕たちの闘いの章 *

 僕たちガイ班の面々は、明日はうれしい非番の日です。
 下忍になって2ヵ月。未だに慣れない忍務をようやく終えて、里へと帰ってきた僕ロック・リーとネジ、テンテン。明日の予定を確認していたら。
 そこは空欄になっていたのです。
 忍務表を見て喜ぶ僕に、ネジが冷静につぶやきました。
「休みって思ってるのか、リー」
 えっ、違うんですか?そう聞き返す僕。忍務がないって事は、仕事がないって事で、それってお休みって事じゃ?
「バカね、リー。下忍になりたてのあたしたちに、そんなにすぐに仕事が来るわけないじゃない」
 テンテン。バカねって、キツイです。僕ちょっと落ちこみますよ。お願いしていた新しい手裏剣がまだ届いてないからって、その機嫌悪さを僕にぶつけないでください。
 それでなくても僕は今日も忍務の一部をしくじって、ネジに助けてもらうことになってしまい、気分が重いんですから。
「じゃあ、何するんです?」
「自主的修業か、メンバーでチームワーク訓練か、そんなとこだろう」
 はぁーっ。
 ネジの冷静な言葉に、僕はため息をつきました。自主的修業は大歓迎ですが、チームワーク訓練はとても苦手です。
 どうしてかって?
 それは力の差が、開きすぎているからです。僕と、他の2人との。
 下忍のスリーマンセルチームの編成は、成績を考慮して決められていると聞きました。
 僕らの年の下忍の中でのトップはもちろん、ネジ。チームの力を均等にする為に、トップと組む相手の成績は当然、最下位。つまりそれは僕、という事。
 でも、普通に考えたら、トップと最下位とがチームを組んで、うまく訓練が成立するはずがないでしょう?
 少しの体術しか出来ない僕に比べて、ネジの、その特異な能力に基づく正確な突きの技の、一部でも出されたら、もう僕はかなわない。きっと、いつものように、やられっぱなしかと思うと。
 はっ!
 いけません。陰気モードに入っていましたね。
 敵に負ける前に、自分に負けてどうするんですか。
 僕は頭を振って、自分の中の負けの波動を外へ追い出します。
 とそこへ、ガイ先生がにこやかに登場です。
「お前らー悩んでるかーっ」
 さっき提出しに行ったはずの報告書を、なぜかまた、持っていますね、先生。
 悩んでるかっていう、その問いかけの真意は、何でしょう。 
 それにしても左手を上にあげて、右手は腰、両足を交互して立っているそのポーズは、何か意味でもあるんでしょうか。
 先生が担当上忍になってから2ヵ月くらいたちますが、先生のオリジナルあふれるポーズに、いまだに慣れません。それは僕だけじゃなく、ネジもテンテンも同じ。毎回、何とも言えない顔で見ています。
「先生、その報告書…」
 恐れ知らずなテンテンが訊ねました。
「おっ、これか。依頼者の名前の書き違いだ」
 ガイ先生は壁に書類を押しあてて、ペンで直しはじめました。
「テズカのズの字がツにてんてんなんだそうだ。おれとしては、読めればどっちでもいい気がするけどな。大事なのは中身なんだが。それに、ずっとテヅカのヅの字はズだと思ってたんだ、おれは」
 ぶつぶつと文句を言いながら、訂正しているガイ先生。僕たちは先生が書き終わるのを後ろで待っていました。
 テズカのズの字は大量にあるらしく、なかなかその作業は終わりそうにありません。
 大人しく待っているのに飽きたのか、僕の後ろにいたテンテンが、僕の髪をぴんと引っぱりました。
「あ!痛いです。何するんです」
「リー、髪、のびのびじゃない。切ってあげようか?」
「いいんです、これで」
 僕は、ぷいとあさっての方向を向きました。けれどテンテンは、しつこく僕のことをかまうのです。
「そういえば昔、髪長かったんだってね、リー」
 アカデミーにいた頃の事ですね。それもかなり昔の話です。
「長さは今のネジより、長かったかも、です」
「あーっ、もしかしてまた前みたいに伸ばそうと思ってるんでしょ」
 テンテンは僕の後ろ髪をひっぱりながら、からかうのをやめません。
 髪を伸ばして見た目ネジと同じにしたって、僕の技がネジと同じになるわけではないし。笑われるのがオチでしょう、きっと。
 僕は今のこの髪型が気に入っているんだから、放っておいて下さい、テンテン。左右にはねているところが、お気に入りなんです。
 …と、いきなりガイ先生が、僕らの方を振り向きました。
「おっ?伸ばそうって、身長の事かお前ら」
 誰もそんな事言ってません、先生。
 ガイ先生はあいかわらず、テズカのズの字を直しながら、僕たちに言います。
「―ちょっと待ってろ、ええと、ズをヅに…ああ、これで終わりだ」
 つぶやき終えるとものすごい勢いで、報告書を提出する部屋へ入ってゆきました。
 ところでさっきから僕たちがずっとここにいるのは、ガイ先生の、
「解散」
の二文字を聞くためなのです。忍務が終っても、担当上忍のこの言葉がないと、僕たちは勝手に帰ることができません。
 報告書の提出は、僕たちを帰したあとでもよさそうなんですが。それともまだ、何か用事があるんでしょうか。
 ネジを見ると、部屋のすみっこで目を閉じ、何か考えごとをしているようです。
 なんだかいつも冷静なネジ。本当に、僕と同じ年令なんでしょうか。僕はまじまじと、ネジを見てしまいました。
 ネジは僕の視線に気付いたのか、突然、その目を開けました。
 あわてて僕は目をそらします。不審な表情の、ネジ。
「よーしお前らついて来いーっ」
 部屋の扉が開くと同時に飛び出して来たガイ先生は、その言葉を残し、あっという間に僕たちの目の前から消えていました。
 僕の髪が、揺れました。先生の、超スピード移動で起こった風のしわざですね。
「ど、どこ行ったの?」
 テンテンは、ガイ先生の進行方向を見ます。
 確か、その先には物品販売所しかないはずですが。
 ネジは僕たちを見て、 行くぞ と目で合図しました。うなずく僕とテンテン。

 角をまがった先の冷蔵ショーケースの前で、仁王立ちしているガイ先生。手には瓶のようなものを持っています。
 何でしょう。
 これは。太いガラス瓶に入った、白い液体は。
 牛乳、ですね。
 冷えた瓶を右手の親指とひとさし指で持ち、高々と上へ挙げ、ガイ先生は僕らを見ました。もちろん左手は腰に当てています。
 先生の元へと走り寄った僕たちに先生はその瓶を1本ずつ手渡してくれました。
「忍務後の体をクールダウンさせるには、コレに限るぞ!!」
 遠慮せず飲めと言わんばかりに、僕たちひとりひとりに熱いまなざしを向けてきます。
「チームで飲む牛乳は、ますますチームワークの絆を強くしてくれるぞ」
 ああ、これを忍務終わりに飲ませようと、僕たちを待たせていたのですね。
 おナカが減っていた僕は、とにかく口に何か入れたかったので、それほど好きではなかった牛乳ですが、飲みはじめました。
 とはいえ、この匂いが苦手なんです。
 鼻をつまもうとしたその時。
「こら、ネジ。何だお前、鼻をつまんで飲むのはやめろ」
 あれっ。ネジも匂いが苦手なのか。
 ガイ先生に叱られてネジは少しガイ先生を睨みながら、多少ムキになりつつ、ビンを一気に空にしました。
「いいぞ、ネジ。それが男の心意気ってもんだ」
 ガイ先生はネジの頭を、その大きな手で乱暴になでました。
 複雑そうな表情のネジ。ガイ先生の手の中から、さりげなく頭をずらしました。
 ガイ先生は、その光景をぼんやりと見ていた僕に気付き、
「リー、お前も早く飲め」
 指先でせかします。テンテンはもうはや、飲み干してしまっています。
 ああ、そうですね。人のこと気にしている場合じゃありませんでした。
 僕は大きく息を吸い、止めて、一気に飲もうとしました。こうすれば、臭いも大丈夫なはず。
 と。僕の体にその時、予期せぬ異変が起こったのです。
「やだ、リー!」
「大丈夫か?!」
 僕はなんだかむせてしまって、口から牛乳を吐き出していました。
 おまけに格好悪いことに、鼻からも牛乳の汁がたれています。
 ああ…鼻の奥が痛いです。
 購買所のおばさんが、笑いながらタオルを手渡してくれました。
 とても、カッコ悪いです。
 今日は忍務で失敗し、またここでこんな事をしてしまって。僕は半泣きになりそうな自分を押さえるのに必死でした。
 ネジもテンテンも僕に気を使ったのか、ガイ先生に小さな声で解散してもいいかと聞くと、そそくさとその場をあとにして帰ってしまいます。
 僕とガイ先生は、その場にポツンと残されました。
 購買所の横に置かれた牛乳瓶のケースをひっくり返し、ガイ先生は僕を手まねきします。
 ひとつはガイ先生自身が座り、もうひとつを僕にすすめます。
「リー、お前牛乳嫌いなのか」
 僕は牛乳瓶のケースの上にお尻を少しだけのせて、座りました。けれどガイ先生の顔は見ることができなくて、下を向いていました。
「嫌いということではありませんが」
「…が、何だ」
 ひざの上に置いた手にも、さっきこぼした牛乳がついています。
 僕はタオルでごしごしとこすりました。
 いつまでも手をこすってばかりいる僕を見て、ガイ先生はしばらく黙っていましたが、突然、僕の肩をポンポンとたたきました。
「牛乳はなあ、飲めるうちが華だぞ、リー」
「…どういう事でしょう?」
 牛乳が体にいい事は、僕も知っています。
 特に、僕のような成長期にある子供は、しっかり飲まなくてはいけないという事も。
「牛乳を飲めば、背が伸びるという事は知っているな」
「はい」
「骨をつくる元となる、カルシウムやミネラルがたくさん含まれている」
「…はい」
「しかしある年令を超えると、いくら飲んでも、もう遅いのだ」
「遅い?」
「人間の体の成長というやつは、ある時期を境にその進歩をやめる。それはとても恐ろしい事だ」
 どういう事でしょうか。僕は顔を上げて、ガイ先生を見ました。
「リー今、お前が牛乳が嫌いで飲む事を怠るとする。そして年月がすぎてゆき、お前が自分の体の発育に満足できず、それを取り戻そうと、あわてて多量の牛乳を飲んだからといって、もうお前の体は成長をやめているって事もあるんだぞ」
「間にあわないという事ですか」
 僕は、ひざの上の手をギュッと握りしめました。
「そうだ。だから」
「飲めるうちが華、ですか」
 ガイ先生はスッと、ナイスガイなポーズをしました。
「リー、忍務も同じだ」
 えっ?突然何のことでしょう。その関連性が、僕にはよく理解できないのですが。
「忍務も失敗できる時期ってものがある」
「失敗できる時期?」
 絶対に失敗してはいけない。そう思って今までやって来たのです。まわりのメンバーに失敗をカバーしてもらわなくてはいけないのは、とてもとても心苦しいし、何よりいつまでたっても、一人前の忍者として認められない。
 けれど、肝心の時になると緊張のせいか、ドジをふんでしまう自分がいます。僕はその事が、とてもつらいのです。
「失敗することにより、お前の経験値がひとつずつ上がってゆく。誰かに助けてもらうことも、経験のひとつだ。ここで一番大事なのは」
 僕は、ガイ先生の熱く語る目を見ました。
「同じ失敗は二度くり返さないことだ。同じ迷惑を大切な仲間にかけないことだ」
 僕はなるほどとうなずきながら、一所懸命にガイ先生の言葉を胸に刻みつけます。
「下忍になりたてのお前は、今がまさに失敗をするべき時期なんだぞ」
 ガイ先生は少し、笑いました。
「おれのようなベテランになって、まだ失敗しているようじゃ困るけどな」
 ガイ先生は頭をかきながら、テヅカのヅの字の記憶違いも、やはり失敗になるかなと、つぶやきました。少し恥ずかしそうにしている先生の顔。
 けれど次の瞬間、口元を引き締めて僕に向き直って言ったのです。
「お前ももっともっと失敗して、経験値の高い男になれ。最初から出来る奴もいるが、出来なくてもかまわない」
「かまわないのですか?」
「そうだ。青春し、努力するという自分をプラスすれば、どんな道でも、ひらけないものはない」
 あっ!
 僕は、またもや失敗してしまいました。
 ガイ先生のアドバイスは、いつでもどこでも読み返せるように、メモをとろうと決めていたのに。
 とりあえず僕は、腰のポーチからメモ帳とペンを出し、
゛青春し努力すると道はひらける゛
と書きました。
 ガイ先生はそれを見て、僕からメモ帳とペンをとると、
゛熱血が重要゛
と書き加えてくれたのです。
 そして再び、ナイスガイなポーズ。
 僕は、心に重くのしかかっていた闇のようなもの、消えてゆくのを感じました。
「牛乳と忍務とが同じだと言ったのは、ナイショだぞ」
 ガイ先生は、口元を手でかくすように言いました。そして、まわりに誰もいないか確かめるように、キョロキョロします。
 僕はそんなガイ先生の姿に、思わず笑ってしまいました。
「同じでかまわないではないですか」
「三代目の耳にでも入ってみろ、忍務を何と心得るかと、大目玉に決まっている」
 ガイ先生は立ちあがり、
「いいな、ナイショだぞ」
 言って、去ってゆきました。
 僕は座っていた牛乳ケースを、元通りに戻しました。その音に気付いたのか、購買所のおばさんが、奥からひょこっと顔を出しました。
「いい先生だね」
 僕は大きくうなずくと、牛乳の残りを飲み干しました。なんだか、今まで飲んでいたものと、味が少し違うような気がします。
 これが、僕の体の元になる。
 そう思うと、吐いてしまった分がもったいなくて残念でなりません。
 購買所のおばさんにもう一本くださいと言った僕は、今度は一気に飲み干そうと思いました。もし一気に飲めなかったら、廻し蹴り100回。
 こんな風にものごとをする時にルールを決めるのは、ガイ先生の真似です。ネジやテンテンには、笑われてしまうけれど。
 匂いをかぐ暇もないほど素早く飲もうとした僕は、やはり半分ほどで、また、むせかけて口から牛乳を出しそうになってしまいました。
 …。帰るまえに廻し蹴り100回しなくては。

 次の日。
 僕がいつもの練習場所へ行くと、もうそこにはネジとテンテンが来ていました。
「…で、今日はどっちですか?自主練習、それとも」
 聞きかけた僕の声が終らないうちに、僕たち3人の体は、ほうぼうへと飛ばされていました。
 何とか受け身をとって、地面に着地する僕。ネジやテンテンは上手に空中で3回転して、キレイに地面に降り立っています。
 なんだかこんなことひとつでも、差をつけられている僕です。
 あっ、そんなこと考えている場合じゃありません。
 僕たちのことをブッ飛ばしたのは、わかっていますが念のため。
「お前らーっ朝からノッてるなーっ」
 ハイテンションで現れた、ガイ先生。ここまで走ってきたのか、額に汗がうっすらと浮かんでいます。
 ウォーミングアップがすべて完了したような、すがすがしい顔つきです。
 朝から一番ノリノリなのは、ガイ先生のようですね。
 僕たちは先生のまわりに集合しました。
「うむ。急だが、忍務が入った」
 驚くテンテンたち。僕は忍務と聞き内心ドキドキです。
「喜べお前ら。牧場へ派遣だ」
 牧場ですか。でもどうして、それを喜ばなくてはいけないのでしょう。
「牛乳飲み放題だ。よかったな」
 ガイ先生は特に僕に向って、片目をつぶってみせます。
 そうですね、先生。牧場といえば牛。牛といえば牛乳でしょう!


 急ぐという事で、着替えも何も持たずに、木ノ葉の里を後にした僕たち。
 目指す牧場は、里のすぐ北側にありました。
 着いて早々、僕たちは見張り台に直行です。
 今日と明日、ここで不審な人物の出入りがないか、見張るのが役目です。
「明日の朝、迎えに来るからな!」
 あれっ?
 ガイ先生もここで、一緒に見張りの忍務をするものだとばかり思っていました。
 少し不安になりながら見張り台から身を乗り出して、去ってゆくガイ先生の後ろ姿を見送る僕。
「仲良く青春しろよぉお!」
 その言葉を残し、ガイ先生の手を振る姿はどんどん小さくなってゆきます。
「ちょっと、どういう事?」
 テンテンがネジのひじをこづきます。
「リーダーがいないのなんて、初めてじゃない」
「なら、誰かが代わりをすればいい」
 そう言うとネジは、見張り台の中に作りつけてある木のベンチに腰かけて腕組みし、目を閉じます。
「誰かって…」
 テンテンは、僕の上着のすそを引っぱりました。
「リー!リーってば!」
「ネジにやってもらえばいいんです」
 もうすでにネジやテンテンの心の中では、決まってるんでしょう?ネジが適任じゃないですか。
「じゃあ、ネジ。指示を出してよ」
 テンテンがネジの隣りに座って、聞きます。
 ネジはしばらく黙っていたのですが、目を閉じたまま、言ったのです。
「見張り台から真北にある杉の木を境に右と左に分けて、俺・テンテン・リーの順に番をする。3時間ごとに見張り場所を交代し、6時間番をすれば、その後3時間休息だ」
 わかったか?
 ネジはそう言うと、目を開けました。
「特にあの杉の木、斥候に最適な高さだ。あそこから、こちらを見張ることもできるからな。充分注意しておけ」
 真北に杉の木があること、そしてそれが重要なポイントだということに、ここへ来て間がないのに気付いているなんて。
 すごいなあ、ネジは。
 僕は先生がいないということばかり気にして、まわりの状況をちっとも観察していなかった。
 あらためて僕は、見張り台からまわりを見回してみました。
 この見張り台は、牧場の北側からの侵入者を防ぐために立てられています。ここから牧場の敷地の境界までは300m程。敷地とそれ以外の区別をするために、木のくいが打たれ、縄で囲ってあります。
 その奥はすぐ、木立が林立する森。
 その森の中でも一等背の高いのが、ネジがさっき言った杉の木です。あらためて見ると確かに、木立の木々に紛れるように立ってはいるものの、この牧場のことを充分見張れる高さがあります。
 誰かがしのび込んで来るというのなら、当然日が落ちて暗くなってからでしょう。でも昼間にもの見が地形を偵察に来るということは、充分に考えられるはず。 
 ネジの言うように、あの杉の木あたりを重点的に注意しましょう。
 夜は、そうですね。暗くなってからまた状況を見て、僕なりに判断することにしましょう。
 ガイ先生がいなくても、僕はガンバります。

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