
* 僕たちの闘いの章 *
…とはいえ、僕は最初、休息担当です。
里を出て数時間歩いただけなので、疲れは感じられません。休むといっても。 その時、テンテンがふり返り、言いました。
「おナカ、減らない?リー」
ああ、そういえば。
もうすぐお昼ですね。僕もさっきから、おナカが鳴りそうだなあという気がしていたんです。
こういう場合の食事って、もしかして現地調達?
だって僕たちは、ここへ来ることが急に決まったものだから、食糧も何も用意していないんです。
現地調達だとすれば、あの森の中で、でしょうかもしかして。そしてそれを調達する役目は、休息中の、僕の仕事?
目の前の森に、食糧になりそうなものはあるのでしょうか。もし、あったとして、それを僕が手に入れることができるのでしょうか。
木の実やらの植物関係ならともかく、動物となると、僕は…。
とても、不安です。
とにかく、下見に行くだけでも。
僕が見張り台を下りようとはしごに手をかけた時、ネジがつぶやくように言いました。
「…何か置いてあるぞ」
えっ?僕は北側を見回してみました。何も、ないんですけど、ネジ。
「そっちじゃない、反対側だ」
見張り台を下りていくと、地面に手さげ付きの籠が置いてありました。中に大きめのポットと、手のひらに載るくらいの大きさのパンがいくつか入っています。
誰が置いていったのでしょうか。
僕は籠を持って上がり、2人に見せます。テンテンは大喜びです。
「気がきくわねえ。ちょっと固くなってるけど、このパン」
「牧場の人、でしょうか」
テンテンはポットのフタをあけ、中をのぞき込んで、
「なあに?もしかして、牛乳?」
ポットの中の匂いを、クンクン嗅いでいます。
僕は籠の中を見てみました。コップは入っていないようです。かといって、代わりになるものなんて持っていないし。どうやって飲めばいいんでしょうか。
テンテンはポットに直接口をつけました。2・3口飲み、ポットを下ろします。
ネジは何だかうつむいて、じっとしています。どうしたんでしょう。テンテンに視線を移すと。
あれっ?テンテン。鼻の下に白くうっすらと牛乳がついていますよ。
じっと見ている僕に気付いたテンテンは、
「何よ、リー。あんたも早く飲みなさいよ」
と、僕にポットを渡しました。
「いい?こっちから飲んで。私と同じところから飲まないでよ、絶対!」
同じところって、どこから飲んでもいいじゃないですか。テンテンが何を気にしているのか、僕には理解ができません。絶対!って強く言い張る理由は何でしょう。まるで僕がバイキン持ちみたいじゃないですか、それって。
僕が口をつける場所を、監視するような目つきで見ているテンテン。
わかりましたよ。反対側から飲めばいいんでしょう?
僕はポットに口をつけました。なまぬるい牛乳が、口の中へと流れ込んできます。ぬるい牛乳も、実のところ苦手。もしかしたら匂いよりも、こっちの方が嫌かもしれません。
まゆをしかめながらも何口か飲んで、僕はポットをネジに渡そうとしました。
けれどネジは杉の木の方向を向いたまま、手で いらない と返事をするのです。ネジもぬるい牛乳は嫌いなのかと思った僕は、ネジとの妙な共通点に少しだけうれしくなりました。
テンテンは両手にパンを1コずつ持ちながら、所定の場所での見張りに戻りました。
僕は床にすわり込んで足を投げ出し、パンを囓り始めます。
いちおう、ネジにもすすめたのですが、ネジはパンもいらないと言ったのです。どうしてでしょう。もしかしてネジは何か食べると眠くなる体質なのかもしれない、と僕は想像してみます。自分の休憩の時に、食べるのかもしれませんね。
おなかがいっぱいになっても、一向に眠くならない僕。牧場やそのまわりを見てこようと思いつきました。
僕はネジとテンテンに声をかけ、見張り台をあとにしました。
南の方にあるいくつかの建物目ざし、走ってゆきます。でもなんだか、静かです。人の気配が全くしません。
牧場だというのに、動物の気配や鳴き声も全く聞こえてこないのです。並んで立っている建物を、はしから順に見ていくのですが、固く戸が閉ざされているか、戸が開け放たれていても中には人も動物の姿も見当たらないのです。
厩舎らしき建物はありますが、枯れ草は隅につみ上げてあって、しかもそれはかなり古そうで。
かろうじて牛の臭いがする程度です。
ふり返ってみると、どの建物もあちこちボロボロになっていて、ここ半年から1年くらいは誰も使っていない様な感じです。
どういう事なんでしょうか、これって。
僕ははてしなく広い牧草地のまん中で、わけがわからず座りこんでしまいました。
ガイ先生の説明では。
牧場の見張りをする人が急用で、今日と明日だけ代わりをお願いしますという忍務依頼だったと聞いています。
でもこの牧場の状態は、見張りをする人だけじゃなく、ここで働く人と飼育されている動物たちが全て、どこかへ行ってしまっているようです。それもかなり昔から、ここは無人のようです。
ああ、そうか。
僕は立ち上がって、お尻に付いた枯れ草を払いながら納得しました。
牧場だからって、必ずしも人や動物がいるとは限らないんですよね。
今は何かの事情で牧場ではなくなってしまったけれど、見張り番の人がこの場所を管理しているという事でしょうか。
そして僕たちは、管理人兼見張り番の代役という事ですね、きっと。それなら牧場に牛がいなくても不思議ではありません。
牧場といえば牛。牛といえば牛乳!ここへ来る時にそう考えたのは、まったく早とちりでした。
僕はガイ先生の、牛乳飲み放題の言葉を思い出していました。先生は、この牧場の様子を知っていたのでしょうか。もし先生が、飲み放題を楽しみにしていたのなら、本当に残念な事ですね。
牛乳を、飲む?
あれっ?
僕は見張り台のところまで走って来て、息をととのえながら登ろうとハシゴに手をかけた瞬間、首をひねりました。
パンと牛乳が入れてあった籠。
あれは、誰が置いたのでしょうか。
この牧場の人ではないですよね。ここは無人なんですから。
まさか、幽霊が置いたとか?
それはないですよね。だって牛乳やパンは現実に、僕のおなかを満腹にしてくれたんですから。まぼろしじゃなくて。
そういえば、ネジは食べようとせず何か考えごとをして…。
僕の頭の中で急に、赤信号が点灯したのです。僕は急いでハシゴを登りました。
まさかとは思いますが、でも、もしかして。
「ネジっ!」
僕の声の大きさに驚いたテンテン。ネジはといえば、目の前の森を見つめたままです。
「ネジ!…もしかして、知ってたんですか?」
「どうしたのよ、リー。大きな声出しちゃって」
「ネジ。答えてください」
ふり返りもせずネジは小さくつぶやきました。
「だから俺は、いらないと言った」
「どうして、言ってくれなかったんです?」
ネジは僕がさっき見てきたこの牧場が無人であるということも、白眼で既に知っていたんですね。そして、誰からの差し入れかわからないという事も、気付いていたんですね。
どうして僕たちに言ってくれなかったのか、そのネジの心が僕にはわかりません。なんだか、裏切られたような感じがします。その事を知っていれば、僕だってテンテンだって、差し入れを口にしなかったはずです。
もし、もし食べ物に何か仕込まれていたら?
毒とか?毒?
これは大変な事になりました。
「テ、テンテン!」
僕は恐ろしくなって、その場に棒立ちになっていました。足が細かく震えるのが、自分でもわかります。
「ど・どうしましょう」
「だから何なのよ、リー」
テンテンは僕の両肩に手を置き、僕の体を揺さぶります。
「しっかりしなさい!リー!私にわかるように話して」
この牧場が無人であること。だから籠を置いたのはここの人ではないことを、テンテンに話しました。その事を既にネジが知っていたという事も。
「どういう事?ネジ」
テンテンはネジの隣に立って、ひどく怖い顔をしました。こんな顔のテンテンは僕、今まで見た事ありません。
「知ってて黙ってるなんて、あんまりじゃない」
「油断は禁物。些細な事でも命取りになる。俺はそう、習ったが」
「私たちは、チームメイトよ。チームで行動している時は、自分が得た情報はメンバーに示すべきだわ。違う?」
ネジはあいかわらず森を見つめています。
「信じられない。ネジ、あんたって私たちの年のナンバーワンルーキーだけど、人間性は全くお話にもならないわね」
ちょっと酷くない?それって?
テンテンはそう言い捨てて、僕を見ました。見張り台は一気に、険悪な雰囲気となります。
「リー。あんたもそう思うでしょ」
それはそうなんですが。でも今、仲間割れをしている時ではないんです、テンテン。
僕たちが食べたものは果たして、大丈夫なものだったんでしょうか。誰が差し入れたのかわからない今となっては、僕たちを眠らせるか、殺すかするために、何かの毒物を混ぜてあるという可能性がとても大きいような気がします。
無人の牧場をわざわざ見張る。それには何かワケがあるような。
隠されている宝石とか?土の中で眠るお金とか?他の何か、重大なもの?
とにかく見張りとしての僕たちは、この牧場を狙っている人たちにとっては邪魔な存在のはず。
でも、眠くもないし、体のどこにも異常は感じられません。
テンテンも、同じです。とりあえず、ひと安心です。でも、即効性のものではなくて、後からじわじわと効いてくるものだったら?
ネジの態度に大きな不信感を抱いていたけれど、それよりもここでケンカになってしまって、3人がバラバラになる事を恐れました。
敵(かどうかは今のところわからないのですが)の存在を知った僕は、今までの遠足気分だったうわついた気持ちを反省しながら、気合いを入れ直していました。
全ては忍務をキチンと完了させるため。ネジの事は、それからです。
ガイ先生、僕は今けっこう、冷静ですよね。
けれど見張り台の空気は、重いとか言うレベルの雰囲気ではなく。
ずうっと怒ったまま口をきかないテンテン。
僕も今、ここで何をどうしゃべったらいいのかわからず、黙っていました。
ネジは特に言い訳をするわけでもなく、いつもと同じ様子です。
このいつもと同じという事に、テンテンはイライラしているみたいです。大声で叫びたいのを、無理に抑えているようでした。僕だってネジの本音を聞いてみたいです。
しだいに日が傾き、色白でまんまるの月が昇り。
そして、見張り台はゆっくりと闇に包まれていきました。
僕とネジが見張りの時の事です。
さっきまで後ろで座って、乱れた髪を整え直していたテンテンが、音を立てて床に倒れたのです。
僕は驚いて駆け寄りました。
くの字の形に体を曲げて、テンテンは眠っていました。
なんだ。いきなり倒れるからびっくりしますよテンテン。
よほど熟睡しているのか、テンテンは幸せそうな寝息をたててよく寝ています。僕はほっと息を吐いて、元の場所へと戻りました。
しばらくして、ネジの声がします。
「お前は、―大丈夫なのか?」
「えっ?」
僕はネジの横顔を見ます。
「大丈夫って、どういう事です?」
ネジはしばらく黙っていましたが、
「大丈夫なら、いい」
<ダイジョウブナラ、イイ。>
ネジのその声が、僕にはとても遠くに聞こえました。
急に頭がぼうっとしてきます。
おかしいなと思って月を見上げると、輪郭がぼやけてはっきり見えません。
「ネ・ネジ…」
僕は立っていられなくて、その場に膝をついてしまいました。
頭の中に霧がかかっているようです。瞼も重くなってきました。
僕は自分の体が、後ろへ引っぱられるのを感じます。このまま倒れたら、頭を打つかもしれない。
< リー>。
遠い場所で、ネジが僕を呼んでいる気がします。でもネジは僕の事なんて、これっぽっちも気にも止めていないんでしょう?それは僕の出来が悪いからですか?
そういえばネジは、誰に対しても何だかよそよそしい様な気がします。誰にも自分を見せないというか、打ち解けないというか。
ネジ、君は……?
僕は体がすうっと倒れていくのを感じながら、わけがわからなくなりました。どれくらい時間がたったのでしょうか。
気がつくと、後ろへ体が倒れたはずの僕を、ネジが支えてくれていたようです。
半眼の僕の目に、ネジの顔がぼやけて映りました。
< シッカリシロ、リー。>
海の中で聞いている音のようです。
僕も、しっかりしたいんです、ネジ。君に負けたくないんです。誰にも負けたくないけれど、特に君には負けたくないんです。
でも、でも、体が言う事を聞いてくれない。
これって、やっぱり昼に食べた、パンと牛乳のせいでしょうか。今ごろになって毒が回ってきたのでしょうか。
ネジは僕の体を床に横たえると、急いで見張りの場所へ戻りました。
それと同時に。
ネジめがけてクナイが1本、飛んできたのです。
ネジは飛んできた方向とは反対の方向を、睨むように見ています。
「リー、来るぞ!」
はい?
来るといわれても、僕はまだ体が…。
さっきよりは、意識ははっきりしてきましたが、まだ頭の中は霧がかかっているみたいです。
腕を動かしてかろうじて体を支え、上体を起こした僕。
「テンテンはお前が守れ」
言ってネジは壁をのり越え、下へと飛び下りました。
森の中から小さな光が揺れるのが僕の目にも見えます。あの、杉の木の一番高いところです。
僕はノロノロとした動きで、壁づたいに床をはって、長い時間をかけ、ようやく下を見下ろす位置へと体を持ってきました。
壁で体を支えながら、身を乗り出すと。
ネジの体がひらりと宙に舞い、着地してすぐ左・右へと飛んで、その位置を変えていくのが見えました。
僕にはネジが戦っている相手の姿は見えません。というより、暗がりの中で、相手はよほど速いスピードでの動きをしているようです。ネジの姿も、着ている上着が白っぽいから見えているという感じです。
ネジの、敵との接近戦。
体と体がぶつかり合う、鈍く、そして重い音が低くあたりに響きます。
地を両足で蹴って離れた地点へと飛び、右手で体を支え、今までとは反対の方向へ弾みを付けて飛ぶ、ネジ。着地点に手裏剣がささったのと同時に地面に下りたネジの足は、かろうじてその着地位置をずらします。
あっ!
こうしてのんびりとネジの戦いを観戦していてはいけない。テンテンを守らなくては。
僕はようやく思い通りに動くように、とはいえ、まだ頭はぼうっとしているままなのですが、体をひきずるようにして、テンテンのところへ移動します。
テンテンは、ほんとうに気持ちよさそうに眠っています。同じものを食べたというのに、僕とテンテンの差はなんでしょう?…食べたものの、量の違い?
テンテンは僕が少ししか口をつけなかった牛乳を、あのあとも飲んでいたようです。パンの量は2人とも同じくらいなので、きっと牛乳の中に眠り薬かシビレ薬が入っていたのでしょうか。
「テンテン!テンテン!」
僕はテンテンの体を揺すってみました。けれど一向に、目を覚ます気配はありません。
「どうしよう…」
テンテンはこんな感じだし、僕はかろうじて起きてはいるけれど、ほとんど術が使えません。
今のこの状態で、敵の一部がこの見張り台にやって来たら。
ぼやけてはっきりしない僕の頭。それでも、僕とテンテンが倒れている姿は想像出来たりするのです。敵にやられて地に伏す僕たち。敵に対する防御の方法が浮かんでくれればいいのですが、そういうことは何ひとつ考えつかないのです。
いつも頼りない僕ですが、みんなに助けられてなんとかやってこれているのです。なのに今、頼るべきものは大した力を持っていない、自分自身。
先生!ガイ先生!
いくら心の中で先生の名前を呼んでみても、もちろん返事はありません。
半泣きになっている場合ではありません。
ネジに言われた通り、テンテンは僕が守る。心に決めました。
テンテンの体を抱きかかえるようにして、僕は必死になって今まで覚えてきた技の全てを、頭の中でイメージしはじめました。敵に対して、最も強くダメージを与えられる技を繰り出すために。
技の復唱をしはじめてしばらくたった時。
僕は暗闇の一部が光で割れるのを、視界のはしっこで捉えました。
何の光でしょう?
そういえば、何かがはじけるような音も聞こえてきます。
テンテンをかかえて、僕は下を見下ろしました。
ネジと戦っている人物の手元から、ものすごい光が出ています。
その光で、敵の姿が闇に浮かび上がって見えました。少し長めの髪は逆立っていて、体は細身。顔は、うつむいているのでよくわかりません。
光に照らされて少しだけ見える服の特徴は…。体のラインが見えるピッタリした服に、ベスト?中忍以上の忍が着ている忍者ベストに似ているような。ということは、敵も僕たちと同じ忍者なのでしょうか?どこの里の人なのでしょう。
あっ!
敵の手元から、まぶしいくらいの光の玉がネジに向ってまっすぐ走ってゆきます。
「ネジ!」
ネジは光の玉が敵の手元から離れた瞬間に、体を回転しはじめました。
「八卦掌回天だ…」
ネジの得意技のうちのひとつです。体中からチャクラを大量に放出しながら攻撃を受けとめて、そして体の回転で敵の力を弾く防御。
ネジは、体を大きな丸い玉でおおっているような姿となって、回転し続けています。
敵の光の攻撃は、きっときっとネジに弾き飛ばされるはず。
ネジの大きな玉に、敵の光が当って。敵のその光の玉が遠くへ弾かれると思っていた僕の目はその時、信じられない光景を見たのです。
ネジの玉に、敵の光はじわじわとくい込んでいくのです。
ええっ?どうして?
ネジの八卦掌回天は、絶対防御と言われています。誰も、その防御を破ることは出来ないとネジは言っていたのです。それなのに。
ネジの力よりも敵の光の玉のパワーが強く大きく、そのためにネジが押されているような気がします。技は完璧なのに、力負けしているみたいです。
「ネジっ!」
何mも後ろへ吹っ飛ぶ、ネジ。
敵の光の玉はネジの右肩すれすれをかすって、闇の中へ消えました。
ネジは肩を押さえながら、よろよろと立ち上がります。
あのネジの八卦掌回天を破るなんて。
僕は冷や汗をかいていました。世の中には、ネジよりも強い者がいる。
もちろんそれはわかっています。里にだって強い人はたくさんいます。でも、でも僕のまわりの強い人はみんな、僕の味方です。僕に危害を与える人達では決してありません。
忍務の内容を問わず、今、目の前にいる敵のように、力の強さがどれほどものか分からない者と戦わなければいけない事もあるんだ。
僕は、そんな当たり前の事実を、今、身を持って感じていたのです。見張りという一見簡単そうな忍務でも、危険と常に隣り合わせであるという事。そしてあのネジでさえ、得意技を破られてしまう現実。
僕の足は震えていて、かかえているテンテンを落としそうになりました。
僕は、ここを無事に切りぬける事ができるでしょうか。朝まで、テンテンを守る事ができるでしょうか。迎えに来ると言ったガイ先生の顔を見る事ができるのでしょうか。
再び闇へと戻ったこの空間の中で、ネジの苦しそうな呼吸音だけが聞こえてきます。
ネジは息をととのえ、敵に向っていく姿勢をとります。さっきの回天で、かなりのチャクラを使ったはず。
ネジ、きっと悔しいでしょう。自分ひとりで編み出した無敵とさえ言われていた八卦掌回天を、自信の技を、こんな風に破られてしまうなんて。
まだ体が回復していないのにあきらめる様子のないネジは、敵に向いその両足で地を蹴って。
それと同時に。
僕の髪が、ふわりと揺れました。
この感覚は。
ガイ先生!
僕は安堵感で、体の力が抜けていくのを感じました。
やさしい風が、しだいに力強く激しい風へと変化してゆくのがわかります。
「木ノ葉剛力旋風!!」
牧草がちぎれて宙に舞ってゆきます。龍巻のように渦を巻く風が起こりました。
ネジと敵の間に分け入ったガイ先生。
敵は先生に吹き飛ばされて、森の中へと後退していくのが見えました。
先生は片ひざをついているネジを、助け起こしています。
僕の目に、ガイ先生は果てしなく頼もしい男に映りました。
強い意思と、そして強い力を持つ事。誰にも負けない、自分にも負けない。それが僕に一番欠けている事なのでしょう。
僕は腰が抜けてその場に倒れ込みながら、誰よりも強い男になることを決心したのです。
僕の唯一の可能性、体術を力の限りをかけて努力することを。
そういえば今日は、自分ルールを考える余裕がありませんでしたね。
帰ってから正拳突き500回!
下巻へ |