
* 僕たちの闘いの章 *
部屋の中のお年寄り達は、一体どうなっているのでしょうか。
おそるおそる室内をのぞくと、正座していたお年寄りは、六列目くらいまで、なぎ倒されていました。
木の葉烈風の技で、凄い爆風がおこった為です。
皆、正座をしたままの姿でころんと横になっています。何が起こったのかわからず、ヨロヨロと体勢を戻しています。
座ブトンがクッション代わりとなり、幸いにもケガはなさそうです。
部屋の一番前で左手を腰に、右手を高々と挙げ、お得意ポーズをしているガイ先生がいます。観客の方を向いて、白い歯をキラリーンと光らせて、もう絶好調。
半分からうしろに座っていた人達は、人生でおそらく初めて見る技、体術のスペシャリスト・ガイ先生の、スピード感あふれる目にもとまらない木の葉烈風に、拍手喝采です。
…と、のぞき見している僕とガイ先生の視線が合いました。や・やばい、かもしれません。
ガイ先生は、天空に向ってつき立てた右手を胸の前に下ろしてきて、手のひらを上にし、僕に向って四本の指で、
「来い」
というしぐさをしました。
隣にいた主人は、とてもおどろいたように、
「あなたたち、もしかして忍者関係?」
と今更ながらに訊ねてきました。
今度は僕がおどろき、
「知らなかったんですか?」
「だって忍者って額あて…あ、腰にしてるのね…」
最初に気付いてくれたらよかったのに。いろんな忍者がいるんです、世の中には。
度重なるガイ先生の誘いに、主人は、
「行ったら?」
という顔を僕に向けます。
わかりました、ガイ先生。先生の胸をお借りしましょう。
僕が勝利するということは、万にひとつもないでしょうけれど、今まで覚えてきた技の全てを出し切って、先生と戦う。
心を決めました。もし全力を出せなかったら。そうですね、次の街までさか立ち移動する!僕の自分ルールです!
ガイ先生の様子をうかがうと、
「まだか?」
と言った風に又、指で来いのしぐさをします。
「行って、きます」
僕はそう言い捨てて、室内へ走りこんでゆきました。
僕がなかなか来ないので、ガイ先生は小技をいくつか見せて、時間かせぎをしていたようです。
どの技も拍手喝采だったらしく、それに気をよくしたガイ先生は僕が鼻息荒く入場したのを見て、
「遅かったな!」
目をキラキラ輝かせています。
ああ。ガイ先生は僕と対決するのをこんなにも楽しみにしてくれていたのに、僕は!
ごめんなさいガイ先生。僕はおくびょう者でした。反省。
勢いをつけ、ガイ先生の足元めがけて蹴りを入れます。
両手を腰に当て仁王立ちの先生は、なぜだかよけようとしません。
えっ?どうして―?
次の瞬間、僕の足はガイ先生ではなく座ブトンを蹴っていました。
変わり身の術?!
こんな初歩的な術で僕を出向えたという事は、ガイ先生、本気で僕の相手をする気はないのでしょうか。それとも…。
僕のことを、まだまだひよっこだって思っているって事でしょうか。
師に足を向けるなんてとんでもないことだと思っていましたが、今回はしかたありませんね。
なんだか悔しくて、息を深く吐き、神経を集中し、先生直伝の得意技をお見舞いすることにしましょう!
『木の葉旋風―』
左足で上段後ろ回し蹴り。
もちろんガイ先生はいともカンタンに体を後ろへ少しだけそらせて、身をかわし。
そのままの姿勢で僕の下段回し蹴りを受けとめてくれるハズ。
いきおいをつけ、右足を蹴り出したら。
!―ガイ先生が、いない?!
僕は下段回し蹴りで一人、くるくるとその場で回転していただけのようです。一列目のお年寄りが、僕の起こした風に巻きこまれ、正座の姿のまま、倒れこんでいました。ガイ先生は六列目まで倒したというのに僕の力は。先生の六分の一程度の力しかないのですね。
「どこです?ガイ先生?!」
ショックをかくせないまま、先生の姿を捜して、あたりを見回す僕の頭上から気配が。
「上?!」
クナイが三本連続で足元に飛んできます。かろうじて後ろへ体をかわして、飛んできた方向を見ると。
―― いない?!
「こっちだ、リー!」
僕はもちろん、観客の皆さんも声のする方へとふり向くと。
部屋の一番後ろの位置で、ナイスガイなポーズで立つ先生。
「おーっ!」
「さっきまで前に居たのに!」
「いつのまに?!」
「手品だねえー」
皆さん感心しきり。拍手したりお互いに感想を延べあったりと、とにかく大喜びのご様子。
ちなみにコレは手品じゃありません。
僕は、かまえのポーズをとりました。さあ、次は僕が見せる番です!
ガイ先生の攻撃を全て止めてみせます。
瞳の中にめらめら燃える炎を宿した本気モードの僕に、ガイ先生は口角をあげて、少し微笑んだように見え…。
「皆さん、あれが我が弟子、ロック・リーです!」
と僕をさし指しました。
「えっ?!」
僕はなんだか、出鼻をくじかれてしまいました。
「親子じゃないのね」
「親子でも、師匠と弟子の関係もあるよ」
だから親子じゃないんですってば。
「この子は、強いですよ!」
ガイ先生の力強い声。
まだひそひそ声が聞こえますが、大半の観客は、ガイ先生の低音ボイスにまたまた大拍手。
僕はいっこうに鳴りやまない歓声に、照れくさくなって少し頭をかきました。こういう事にはあまり遭遇したことがないものですから。
声援に応えて、とりあえず、おじぎをしました。そうしたらまたまた拍手の嵐と掛け声が。
「ありがとうございます」
さっきまでの炎のヤル気がどこかへ消えてしまったようで、今の僕は、ほとんど素の状態でした。
…と。遠くの方から走ってくるような足音が。あっ!いつのまにか先生がいない!
いったい、いつ、いなくなったんだろう。
大拍手に囲まれていい気になっていた僕は、その事に全く気がつかなかったようです。
『ダイナミック・エントリー!』
ガイ先生の筋肉質ですらりとのびた足が、僕めがけて飛んできます。
もしかして僕のことを紹介したのも、油断させるための心理作戦?
浮かれている場合ではなかった、と後悔する間もなく。
よけきれない!
僕が目をつぶって身がまえるのと同時に。
はるか後方に着地音。
「リー!来いっ!」
はっと目を開ける僕を待つか待たないかの間に。
先生の力強く重い左右の足蹴りが入り、それを両腕で受けとめ、右こぶしの突きを左足上段蹴りで防御し。
そんなのを何パターンかくり返して。僕は肩で息をはずませるようになってきました。
ガイ先生はといえば、涼しい顔です。汗ひとつかいていません。
僕は持てる力の全てでガイ先生の攻撃を防ぐのみで、一度も攻める事ができないのです。
アカデミーを卒業してガイ先生の元で修業をするようになって以来、毎日のようにガイ先生を目標に体を鍛えて少しは近づいたかと思っていたけれど。
「まだまだですね、僕も」
額に浮かぶ汗を手の甲でぬぐって、呼吸をととのえ、気合いを入れ直します。でも、はずんだ息が、元へ戻りません。体も重いです。
もう僕の体力は限界かもしれません。旅で体が疲労している上にガイ先生との勝負なんてもともと無理な話です。
僕が下忍になってようやく半年、ガイ先生は上忍になって何年でしょう。これが上忍と下忍の差。
自分のレベルをグンと上げることができると先生の言う、八門遁甲の第一門ですら、今の僕にはまだ開くすべがわからないのですから。
長い時間が流れたような気がします。けれどきっと数分しかたっていないのでしょうね。
僕はガイ先生との実力・そして体力の差を嫌というほど感じています。これから、どう反撃すればいいんでしょう。
ひざに手をおき、中腰でぜいぜい言っていると。
急になんだか前が見えにくくなりました。
あれっ。
目も体も、ふわふわしたような。何でしょう。
ガイ先生?
先生が何か印を結んで、こっちを見ています。
何の印でしょう。僕はそれが何の印だか、覚えて、いない…。
頭の中が真っ白で、うまく思考できなくて。見ているものがぼやけて輪郭がわからないのです。これって…。
『 解!』
僕は背中に軽く、指の感触を感じました。
はっ?!
どうやら僕は気を失っていたようです。ガイ先生が僕の体を後ろから支えてくれていました。
「リー、おまえまで術にかかってどうする」
「術?」
「幻術を使ったのだ。あのまま技を続けていたらお前の体がもたなかっただろう」
悔しいけれど、その通りです。
「けれど、二人が手合わせを始めてからまだ五分とたってはいまい。もっと技が見たいと一生懸命に応援してくれる人たちの期待を裏切って、ここで終わりますとは言えなくてな。お年寄りたちには悪いのだが、幻術で時間をかせぐことにした」
ああ、さっきの印はそのための。
どうも僕には体術以外の術は性に合わないというか、つまりは苦手で、だから印も知らないのが多くて。恥ずかしいです。
まわりを見わたすと、観客は皆、首をうなだれていて、その意識はここにはないみたいです。
「一応、彼らの意識レベルでは俺たち二人が、ハイスピードでスペシャルな連続技で熱く師弟愛の確認をしあっているハズなのだ」
「お・押忍!」
僕は背すじをしゃんと伸ばし、正座をしました。
「―― だがこの術は、そう長くできないのだ」
少しさびしそうなガイ先生。
「押忍…」
ガイ先生も、幻術はそれほど得意でないのは承知しています。
「リー、素早くテンテンを捜して来てくれ。くの一が来れば技も見ためもバラエティに富んだものになるだろう」
おまえたちが戻ってくるまでは、俺が何とか場をつないでおく。
決意に満ちた表情です、先生。
今回の事は忍務でもないのに一生懸命なガイ先生。一度決めた事は限界を超えてでも全力を尽くすんですね。
「わかりました」
僕は急いでその部屋を出ました。あと三分以内にテンテンを捜し出す事ができなければ、今日の夕食後のおやつは、なしです。そう、心に誓って。
旅館の外へ走り出すと、猛スピードで他の旅館を訪ねてゆきます。
一軒目。今日は大人の客しかいないとの事。
二軒目。のれんがかかっていなくて、戸をたたいても返事がありません。
三軒目。旅館だと思っていたら、 おやど という人の家でした。
…これでこの街の宿は終わりです。
テンテンはどこにいるのでしょう。それにネジも。
僕は猛ダッシュで元の旅館へと戻りました。
広間の方から歓声と拍手が聞こえてきます。例の幻術が解けてしまったようです。急がなくては。
部屋をこっそりのぞくと、ガイ先生は一人のおじいちゃんを相手に体術指南中のようでした。
おじいちゃんのくり出す不規則なパンチ。ひょろひょろで力も弱く、子供でもカンタンによけられそうな速さなのですが、ガイ先生は大まじめに大きすぎるアクションで防御しています。
ガンバレーという声援に押されてくり出された、へなちょこパンチ。
ガイ先生はおじいちゃんのにぎりこぶしの所へさりげなく自分から顔を持っていって、パンチがヒットしたかのように見せ、はずみをつけて後方へ倒れました。
「やられたー」
観客はおじちゃんが勝ったと思っているようで、半数がスタンディングオベーション状態。すごい拍手の嵐です。
そんな、技とも言えないへなちょこパンチに負けてあげるなんて。ガイ先生、優しすぎます。
おじいちゃんが、倒れたガイ先生の体の上におおいかぶさって。
観客の一人がプロレスのカウントをとるように数を数えはじめた時。
そのおじいちゃんめがけて、手裏剣が続けざまに五本、飛んできました。
「?!」
ガイ先生はカウントをとられながら、おじいちゃんめがけて放たれた手裏剣を全て手で止めました。
「?誰?!」
僕も身をひそめ、飛んできた先をうかがうと。
柱の影には見慣れた髪型。右のおだんごには白い花が花弁を落とすことなく咲いています。
「テンテン!」
彼女も僕に気付いた様で、おどろいた顔をしています。
ガイ先生が誰かにやられていると思って助けようとしたのでしょう。
けれど、その手裏剣をガイ先生本人に止められてしまって、訳がわからないでいるようです。
「リー!」
テンテンは柱から顔を半分出すと、手のひらで口元を隠しながら、
「…どうなってるの、コレ?」
小声で、訊いてきます。ガイ先生は手裏剣の事など気付く由もないおじいちゃんにおおいかぶされたまま、今だにカウントをとられ続けています。先生は誰の手裏剣かもちろん気付いているハズです。
「部屋で休んでいたら歓声がきこえたので、何事かと思って」
「テンテン、どこにいたんです?捜したのに」
「この旅館にずーっといたわよ」
「ネジは?」
「旅館の前で別れたの。どこか広いところで修業してるハズよ」
それで主人がネジの姿を見ていないと言ったんですね。
「どうしてガイ先生、あんな事になってんの?」
「説明はあとです。あの人たちは敵じゃない。テンテン、僕と組んでガイ先生と勝負です!」
言い放ち、僕は部屋へ突入します。あわてたテンテンも僕に続いて走り込み、かまえながら。
「ちょっと、なんて言ったの?どうして先生と戦わなくちゃいけないの?」
そのテンテンの声をかき消すほど、テンテンの登場は観客にとってハプニングだったようです。
僕らに向けられていたものとは少し違う、声援。
「女の子だよ!」
「かわいいーっ」
「孫に欲しいねえ!」
やんややんやの拍手に、テンテンは面くらった様子。
「ボクの、彼女かいー?」
ひやかす声に、場内はどっと笑いの渦。
テンテンはもう何が何だかわからないふうで顔をまっ赤にしています。
僕はガイ先生の上のおじいちゃんをひっぱりおこして、客席へと戻します。
「あぶないですから、お静かに」
「いいぞー!」
「素敵―!」
おじいちゃんは片手を挙げて、観客の声援に応えます。いや、あの、その声援は僕に向けてじゃないかと思うんですが。横取りはダメですよ。
はっ!浮かれていてはいけません!これではさっきの二の舞です。
「来い!二人共!」
その間にガイ先生はその場からフッと消えて、その姿がなくなっていました。
どこです?先生?!
「六時の方向よ!リー!」
テンテンは言いながらクナイを握り。
「ホントに投げちゃって、いいの?!」
「勝負です!」
そんな風に僕とテンテン・ガイ先生が、皆さんのたいくつをまぎらわそうと体をはったデモンストレーションをしている間。
ネジはひとり旅館の裏庭で、白眼のけいこをしていたようです。ならば、僕たちが苦戦している姿は、ネジには見えていたはずです。なのに、なぜ来てくれなかったのでしょうか。
これは僕の勝手な推測なんですが、僕たちのいた広間は、ネジのよく言う「八羽目」のポイントだったということでしょうか。
それとも?それとも。
ともかく、テンテンが入って二人対一人で勝負試合をくり広げた僕たちは、旅館の主人や観客の皆さんに楽しい時間を提供できたようです。
そして結局、僕が悟った事は。
僕にはまだまだ修業の余地がある!ということ。
僕は、前向きな男ですからね。
待っていて下さい。ガイ先生!
そうそう、三分以内にテンテンを捜し出せなかった僕は、夕食後のおやつをガイ先生にあげました。
一応、自分で決めたルールですから。押忍!
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