ガイ先生、知りませんか?

 木ノ葉の上忍待機所 午前5時38分。
 入り口を入ったドン突き奥。そこは、受け付け兼よろず受け給わり場所だ。長めの机と小さな椅子が一つ置いてあるだけの、簡単なものだ。そこに一人、ちんまりと座っているカカシの姿がある。
「こんな朝早くから、珍しいな」
 声をかけて、机の上の書類にサインをするアスマ。次の任務地の確認に来たのだ。この場所で、全ての上忍の所在を管理している。余程の急ぎでない限り、任務地への行き帰りはここへ来て、所在の在りかを届け出る、そういう決まりになっている。休み・勤務関係なく、つまりいつでも居場所を知らせ、というか、知られているのだった。緊急の事態に備え、手の開いている上忍の数の把握と、いつ何時でも呼びそうと思えばそうする事が出来るようにという為だ。
 カカシは半眼のまま、所在無く。手には一応本を持ってはいるのだが、視線は宙をさ迷っている。番をしているのか寝ているのか。とりあえず、そこへと座っている、そんな感じだ。
「カカシ?」
「……ナニ?」
 眠いのか。それとも会話をする気がないのか。そう言った後、口を半分開けたままで止まってしまい、会話は続かない。
 そこへ、全身を緑色のスーツに身を包んだ少年が、飛び込むようにやって来る。
「ガイ先生、知りませんか?」
 その少年、リーは再度。せかすように言葉を発した。
「ガイ先生、知りませんか?」
「知ってる」
 きっぱり言い切る、カカシだ。先ほどの眠そうな目はパッチリと見開かれ、キラキラ輝いて見えるほどだった。
 
 知ってるよ。付き合い長いし。こーんな小さな時からね。
 と、手で床から20センチくらいの位置を指す、カカシだ。
 紙の箱に入って、火影岩の下で泣いてたの。髪がおかっぱだから、捨てられたんだねぇ。俺が拾って持って帰って、大きくしたんだよ。凄いでしょう?今はあんなだけど、あの頃はとっても小さくて、そう、手のひらの上に載るくらいだったんだ。キュッキュって、鳴いてねぇ、可愛かったなあ。今は、あんなだけどねえ。育て方、間違っちゃったかなあ。でもああ、懐かしいなぁ。でね、でね、……。
 遥か遠くに視線を泳がせるカカシ。まだまだ、独り言は終りなく続いている。 

 だいたいお前とガイは、年齢が一緒じゃねえか。どうやったら、ガキがガキを育てられるっていうんだよ。手の上に載るって何だよ、キュッキュって!鳴くって!何だよ、一体?!何者なんだソレは。
 聞きながら、心の中でツッコむアスマ。サインする手に、思わず力がこもる。

 けれど、カカシの話をリーは真面目に聞いている。姿勢を正し、上忍に対する態度は直立不動で微動だにしない。少々可哀想に思えて、アスマは。
「今の時間なら、走っているんじゃないのか」
「はっ!」
 まるで幻術にかけられたように、カカシのウソ丸出し話の中を漂っていたリーは。ようやく現実に戻ってきた。瞼を何度も擦った。ゴシゴシ、擦った。
 そしてアスマの言葉にナルホドという顔をして。丁寧に礼をし、出ていく。
 アスマは、自分も次の任務地へと行くために。リーの後を追うように去ってゆく。その背へ。
「…すごーく、不親切」
 後ろから、追いかけてくる。不機嫌な、カカシの声。
「何がだよ」
「走ってるっていっても、ドコを?」
「さあな、里のどこかだろ」
 そんな事は、いちいち知った事ではないという顔で振り返る、アスマ。その顔を見、ふくれっつらをする、カカシだ。
「…すごーく、バク然としてる」
「じゃあ、お前が言ってやれ」
「アスマに先に言われた」
「悪かったな」
「…里の入り口一本道の大木の3本目の根っこの横あたりを爆走中」
「お前の写輪眼は、白眼並みか」
 カカシの細かい場所指定に、アスマは驚く。
 カカシは、またもや半眼状態へ。かろうじて目を開けているような、閉じているような。あやふやな状態へと戻る。
 ここに居ながらにして、ガイの居場所が何故分かるのか不思議だが。
 その事に興味はあるが、次の任務が押している。急ぎ出て行くアスマと、入れ替わるように。

「すいませんが」
 息を切らせてリーが戻る。さすがに里は広かった。
 一周した後、やはり見つけられずに困り果て。舞い戻ってきたのだ。
「もう少し詳しくお願いします」
 その声に、目を再び開けるカカシは。
「今、何時?」
「6時29分です」
「じゃあ、次の場所だなあ。ここから5分かかるから、先回りして演習場の切りかぶのトコ。雄たけび上げてる、きっと」
「足蹴り練習する所ですね」
 目を輝かせ、リーは走ってゆく。見送って、再び眠そうにするカカシ。
 リーと入れかわるように、イビキが来た。規則正しいかけ声と共に、走ってゆくリーを、目で追って。
「朝から騒がしい」
 大きく息を吐く。カカシを見、
「おい、ゲンマの居場所を知らないか」
 無言で首を小さく振るカカシ。そして握ってグーのゲンコツで、手元の書類をコンコンと叩く。所在を示す予定表の束だ。
 自分で見ろという事だ。別段腹を立てる事も無く、用紙をめくり、調べているイビキ。
 そこへ、イワシがやって来る。
「ライドウの今日の忍務って、いつまで?」
 またもや首を振るカカシ。イビキがその大きな身体を少し横へとずらして、書類を見せてやる。
 その後も数名の忍がやっては来るものの、カカシはいつまでも眠そうな目のままで。異なる全ての質問に、書類を見ろと手で示す。
 大変不親切な受付係なのだった。

「何度も、申し訳ないのですが」
 再び飛び込んでくる、リー。
 部屋じゅうに、若さがはじけた。額にも鼻の下にも頬の上にも。大汗をかいている。
「いませんでした!」
 飛び跳ねるように、目を開け、まばたきするカカシ。
「えっ?えっ?いない?今日は何曜日?」
「金曜日です」
 しまったという表情で。
「じゃあ、アカデミーの花壇の水やりの日だ。でも…」
 最後まで聞かずに飛び出してゆくリー。
「間に合うかなあ…微妙な時間」
 言って、目を閉じる。
 時計は7時を指している。夜勤の者との交代の時間だ。静かだった待機所は、ざわつき始めた。行きかう多数の忍達。
 そんな中、カカシは机に愛読の本を立て、その上にあごを置き顔を支える。ものすごく眠そうにしている。とはいえ、交代の者が来る様子は全く無さげだ。

「いません!」
 泣きそうなリーだ。とぼとぼと歩き、肩を落として入って来る。気付いてカカシは、顔を上げる。支えを失い、本が倒れた。
「惜しかったです。ほんの数分前までいたそうです」
 ああ、やっぱり。カカシはため息をつく。間に合わなかったか。
 じゃあ次の場所は。考えているカカシに、リーはつめ寄る。
「あのっあのっ、今日はガイ先生、お仕事の方は」
「休み」
 ニコやかにカカシ。
「じゃあ、里のどこかにいらっしゃるんですね」
「さあ」
 そればかりはカカシにも分からない。行く先の予想はつくけれど。
 リーは困ってしまって立ちつくす。朝早くから里中を全力で走りまわって。体がクタクタで、とても疲労感を感じている。顔からしたたり落ちる汗を手でぬぐい、リーは続けた。
「とにかく、居場所が知りたいんです」
「じゃあね、火影岩が見えるところ。右端の火ノ見櫓、かなあ」
 小さく呟くカカシの声。
 聞くやいなや、飛び出すリー。

 こうして午前中の間。眠そうにしているカカシの元へと、師の居場所を聞きに戻るリーとのやりとりは続いた。

「…タッチの差でまた、遅れを取りました」
 今日は何度ここへ来たか。里じゅうを走り回らされて。
 リーは膝に手を置き、肩で息をしている。
 もう体力の限界、ギリギリだ。
 半泣きのリー。それにしてもガイは、どうしてこうも短時間に、あちこちへと移動するのか。何をしようと何処へ行こうと勝手なのだが。朝早くから、全く忙しい男だ。ひとつ所へとどまることがない。
 しかもその場所を次々に指定するカカシ。少しずつズレているとは言え、どの場所にも少し前までガイがいたのだ。

「困ったなあ…じゃあね、待ち伏せ」
「どこですかそれは」
 カカシは机を、指先で叩く。
「ここ、ですか?」
 休みの日の昼食を1人で食べるのはつまらない。誰かいないか、待機所をのぞくのが習慣になっている筈だ。
 時計は、もうすぐ正午を指す。
 ヘタヘタと、その場へと座り込むリー。足の疲れとお腹が空いたのと。目当ての師が、この場所へ来るという安堵感か、座り込んだまま動かない。
 その時、カカシは足元に気配を感じた。
 何だろうと、見た。
 一匹の小亀。カカシの右足の甲の上へよじ登ろうと、前足を伸ばす。
 この亀は見覚えのある大きさだ。カカシは拾い上げた。
 確か、ガイの飼っている…。
「お前、名前何だっけ?」
「イチゴだ!」
 声のする方を見れば。仁王立ちで立っている、ガイの姿がある。
 両手は腰だ。お決まりのポーズ。
 しかも休みの日なのに、何故かいつものマイト・スーツ着用だ。
 これも、お決まりの服装だ。
「先生!」
 駆け寄る、リー。意外な場所での対面に、ガイは険しい顔をする。
 何かあったのか。不審に思い、不安そうなリーの肩へと手を置いた。
「あのさ〜、朝からずっと捜してたんだよね〜」
 聞いて欲しそうな、そんな呑気声のカカシに背を向け。何かヒソヒソと話している2人はカカシの声に無反応。
 聞こえるように、大きな声で。
「俺が、ガイの居場所を教えてあげてたんだよねえ」
 何だと?その言葉に反応する、ガイ。リーの用事は、さほど急を要するものではなかった。ただリーは自分で判断が出来ずに、その几帳面さで、ガイの指示を得ようと捜しまわっていたのだった。

「む?おれの居場所だと?」
 そうなんだよ、と何度もうなずくカカシに。
「お前。何故、おれの行く先を把握しているのだ?」
「忍の基本は、探索・諜報活動にあるって言うでしょう」
「諜報だと?お前にとって、おれは敵か」
 カカシの横へと立ち、腕を組んで見下ろす。
「それとも、なにか。お前はストーカーか」
 んっ?
 カカシは、ポカンと口を開けたまま。
「…誰がストーカー?」
 ありえない言葉の出現に。とっさに言い返せないカカシ。

「えっ?変態?」
 小さく呟くリーの声。リーの頭の辞書機能では、ストーカーとは変態の意らしい。そんなリーにフォローする声は、誰一人として無く。リーは、そうなのか、と丸い目を更に丸くする。
 にやりと笑ったガイは白い歯を見せ、カカシへ向かって、すっと親指を立てて見せた。
「日頃忙しい任務の中でストーカーをしてまで、おれの日常を知りたがる、お前はそれ程、おれの事が気になるのか?好きか?カカシぃ!」
 ガイの頭の中では、ストーカーとは、好意を持つ者に対し行う行為であると認識されているらしい。
 ニヤニヤしながら、カカシに近寄ってくるガイ。
 ちがうちがうと、首を振るカカシ。銀の髪が拒絶して、激しく揺れる。
「おれとお前の仲なのだ。さあ、想いの丈を隠さずに全て言ってみろ!」
 教師のその声に、リーは驚きを覚える。
 あっ!
 確か、小さなガイ先生を拾って育て上げたと、さっき…。リーの脳内に、カカシの言葉が走馬灯のように現われては消えた。
 そんなに昔から、仲がいいのか、先生達は。だから、居場所もすぐに分かるんだ。以心伝心って事なんだ、と、変に解釈して感心している、リーだ。

「はっきり言うけど、お前には興味は無いんだよ!」
「またまた、心にもない事を。おれは分かっているぞ、カカシ!」

 ホントの所は。諜報実地訓練で、対象相手を誰にするかという時に、ナルトが言ったのだ。「激マユ先生が、いいってばよ!」と。「何をしているか、興味があるってばよ!」と。
 あんまり面白い事は無いような気がするケド、というカカシに、サクラも、「あの服・あの髪なら、見失う事はなさそうじゃない?追跡も楽勝じゃない?」と、ナルトの意見に賛成した。サスケは、誰になってもさほど興味は無い様子で、じゃあ、ガイでいいかと、ターゲットに決めて、動向を2週間見張った。その結果を、カカシは覚えているだけなのだ。
 けれどどうやら季節によって、家を出る時間帯が微妙に違ったらしい。調べたのは真冬の身も凍えるような時期で、今は、日陰にいないと暑くて堪らない夏だ。だから少しだけ、行動するタイムスケジュールがずれているのかもしれない。
 古い情報は、ダメだなあ。やっぱり任務の基本は新しい情報だなあ。当たり前の事を今更そう、思いながら。
 満面の笑顔で擦り寄ってくるガイを本でガードし、何とか身を遠ざけるカカシだ。

 そんな2人を、少し離れて凝視しながら。
 リーは大人の世界の不思議をひとつ、経験するのだった。

(終)


興味がないと言いながら、
ガイの事は良く覚えていて、リー君をかまっているカカシです。
それが書きたかっただけですが。
なんだか、勘違い(?)しているガイ先生です。
満面の笑顔でカカシに擦り寄ってます。(苦笑)ああ、平和だなあ。(逃げ)

ガイの飼っている小亀゛イチゴ゛ちゃん。昔書いた別の話で出て来る、
全くのオリジナル亀。
私と友人Yちゃんの間では「うい奴(可愛い存在)」なのです。
ここでは殆ど関係ないので削ろうかと思ったんですが、
前後がつながらないので、(OR 書きかえるのも面倒なので)
そのまま置いてます。マイ設定では、
イチゴはガイ先生の胸の当りにこそっと入り込んで、じっとしていて、
出しても出しても、いつのまにか戻っている、なので、
ガイ先生も諦めて、そのままにしている亀です。
だからいつ何時でも、ガイ先生と行動を共にしている、
羨ましい小亀です。
イチゴは戦場で、ガイ先生に命を助けてもらったので、
そのお返しがしたくて、
「センセイのキキに、ワタシが盾になってタスケルノヨ」と、
心臓あたりにピッタリとくっついているのです。健気な、亀です。
胸にピッタリという所が、これまた、ワタシの気持ちの代弁をしている感じですが。(大微笑?)
小亀の話も、最初だけ書いてみたのですが、
誰も読みたくないかなあと思ったり。
ちょっぴり戦場の様子も描写してみたんですが。
どっちでもいいよね、亀の悲しい話なんてね。
Yちゃん、読むかい?(君だけだよね、読んでくれるのは。よ・読んでくれないの?)
友人Yちゃん、ここをクリックして読んでちょーよ。
イチゴとガイ先生との出会いが見てみたいという人も、どぞ!→*